2020-08-17

[] #87-10保育園ドラキュラ

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男は目を泳がせながら、たどたどしく説明を始めた。

自分は、ここで働く、その、一人で」

俺たちの猛攻がよほど応えていたのか、紡ぐ言葉は途切れ途切れだ。

要約すると、彼は保育園職員らしい。

住まいが遠くにあるため、帰るのが億劫な日は仕事場で泊まっていたらしい。

「私、疑問なんだけど、何でここで寝るの? しか屋根裏

「それに、ここの扉を塞いでいたのも、あなたでしょう。何でそんなことを」

「そ、そりゃあ職員とはいえ、こんな所で寝泊りするのは、その、ね? あまり誉められたことではない、だろ?」

男はバツが悪そうに言葉を濁した。

要領を得ないけれど、何となく言いたいことだけは伝わる。

いわゆる“コンプライアンス”ってやつなのだろう。

「あの、できれば、このことは、他の職員には、内緒に」

腑に落ちないところはあったけれど、俺はそんなことを気にも留めなかった。

ドラキュラがいなかったという事実の方に打ちのめされていたかである

ずっと感じていた寒気も、単に冷房が効いてただけ。

安堵と落胆が同時にやってきて、体全体を疲労感が包んだ。

正直、俺はドラキュラがいることを100%信じていたわけじゃない。

せいぜい五分五分半信半疑、いや実際には信じていない割合の方が高かったかも。

それでも思い出の中にあるシガラミが頭をもたげることはあった。

保育園ドラキュラについて話した時、兄貴が哀れな目を向けたのはきっかけに過ぎない。

外出時にちゃんと鍵をかけたのか気になってしまうのと同じさ。

この疲労感は、今さら戸締り確認をやったツケなんだろう。


俺たちは物置部屋を後にし、鍵を返すため事務室にとぼとぼ向かった。

結果が拍子抜けでも、帰り道のことを考えないといけないのがツラいところだ。

「あっ」

そんな油断に付け入るかのようだった。

俺たちは保育士バッタリ会ってしまう。

「えっ、えっ」

保育士は混乱していた。

無理もない。

自分が案内している子供とソックリの人間が二人いて、見覚えのない者達までいるのだから

俺たちは観念して経緯を説明することにした。

「というわけで、先生が話していたドラキュラが本当にいるのか確かめようと……」

保育士は終始、怒ることもなく、落ち着いた様子で話を聞いていた。

当時の記憶ではもう少し怖い人だと思っていたので、その反応が少しだけ意外だった。

「わざわざ替え玉まで用意するなんて……回りくどいことするねえ」

感心するような、呆れるような口ぶりで感想を洩らす。

その穏やかな対応に、なんだか俺たちは気恥ずかしくなった。

「それで? ドラキュラは見つかったかい?」

ちょっとした罰のつもりなのか、保育士はいじわるそうに尋ねてきた。

「いえ、屋根裏職員の人がいただけです」

「え? 屋根裏?」

けれど俺たちの返答は、保育士が思っていたよりも予想外なものだったらしい。

「マスダ、それ内緒にしてくれって言ってたろ」

内緒にしてくれって、その屋根裏にいる職員に頼まれたの?」

保育士は眉を引きつらせると、眼光を鋭く光らせた。

口に出してしまったものを引っ込めることはできない。

ここまできたら全部話そう。

俺は屋根裏にいた職員について説明した。

「……そんな人ウチでは働いてないよ」

しか保育士から返ってきた言葉は、俺たちにとっても予想外なものだった。

「な、なに? どういうこと?」

その場にいなかったドッペルは、状況を把握できずオロオロしている。

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