2019-05-31

「変わる」コストが高すぎる

タイトルシンプルにするために「変わる」っていう述語?だけにしているが、

前後には割と想像してもらって構わない。

ただ自分が言いたい内容は「人生において人が何かを決意して性格や行動を変える」のはコストが高いってことが言いたい。

一生において人の性格が変わらないということは珍しいことではない、

しかし本人の需要と周囲の需要にズレがある場合、変化という行為には大きなコストがかかる。

ポケモンをやっている人なら分かると思うけど変化は進化という形で現れる。

それを止めたい場合はBボタンを押して現状維持したまま、能力だけを上げていける。

レベルを上げていくと自然発生的に変わるという行為を止めるわけだ。

人間でいうなら年齢と環境が近いものだ。


環境が変わると人は変わらないといけない場合があるが、

その環境以外では変わることを求められていない場合

変わることが悪影響とみなされる。

すると本人にとって精神的な負担が発生する。

これ自体社会ではよくあることでそういったために「振る舞い」を駆使する。

振る舞いは便利だが、振る舞いは振る舞いであり、その人の性格ではない。

振る舞いが性格構成する一つになっていくこともあるし、そういう名言もある。

ただ振る舞いであれ変化であれ、変わるコスト、維持するコストが発生する。

コストがある以上それを払えない場合破綻が待っている。

上手く例が上げられないが、進学、結婚出産転職、昇進、逆に定年まで働き続けるとか想定してほしい。

コスト場所、金、人と色々ある。

特にと金コストを掛け算で変化させる。

しかも、コスト自身だけでなく周囲にもコストを発生させる。

周囲からしたら不要ものだ、そりゃ止めるだろう。

ここから本題だけど、

でもその変化が高いから言って変化をしていかないのは問題じゃないのかと思っている。

から変わるべきだが、そのコストが高すぎる、コストを下げるにはどうすればいいのか、

悩ましき問題だと思っている。

徐々に変わっていけばいいのではという漸進的な変化も一つの答えなんだけど、

漸進的変化では対応しきれない場合もう大変で、経験していない人には想像ができないものとなる。

極端な例としては突然の持病や親の介護、望まない出産などがそう。

そしてなかなか辛い結果が待っていることも少なくない。

そこまででなくても地味な例なら加齢による体力の減少や給与全然上がらないとかジリ貧していくといった例もある。

人体に直接関係しないものとしては流行ってのもある。

お菓子とかで味が変わることに批判的なこととか。

そうなると変化できなくなってそのまま自然消滅未来しか待っていない、

でおそらく、その変化を止めた周囲は消費として終わらすか、自らだけ変化して、

優位性を獲得する。変化できなかったものけが損をする。

競争であれば競争ってことで理解できるんだけど、

身近なもの競争とは思いたくない。寂しいし。

優しい世界というと安っぽいけど、本当もう少し優しい世界日本がなってほしいな。

本筋とは関係無いけど、

今回も上手く説明できなかった勉強不足を反省したいと思う。。

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