人間関係はとても良好で、オフィス環境も快適。業務は忙しいけれど充実している。とても恵まれた環境で働いていると思う。
ただ、ひとつだけ許せないことがある。
トイレのウォシュレットの水圧が、高い確率で、最大になっている。
私は臀部に爆弾を抱えている。
よりストレートな言い方をすると、痔持ちだ。
痔持ちの同士にはわかってくれると思うが、トイレにウォシュレットがあるかというのは生命線の1つである。
たまに腹を壊し、瀕死の状態で駆け込んだトイレにウォシュレットがあったときは、地獄の空の上から蜘蛛の糸が降りてきたカンダタの気持ちもわかるというものだ。
話を元に戻そう。あれは1年ほど前、この会社に入ってちょっと経ったころに、はじめてトイレで大きいほうの排泄を試みた。
自分はストレスに弱く、体質的に緊張していると出るものもなかなか出ないほうだ。
こうして用を足せるようになって、私も少しずつこの会社に慣れてきたのかな...なんて感慨に耽っていると、
私の肛門に槍が突き刺さった。
激痛に耐えかねて思わず「ア”オ”ッ」という声が出る。なんだ。何が起きた。
私の肛門に突き刺さったのが槍ではなく、最大出力に設定されたウォシュレットだと気がつくことに、そう時間はかからなかった。
ふざけるな。
お前は道徳の時間に何を学んできた?お尻が強い人も弱い人もいるっていう想像力はどこに置いてきたんだ?
そもそもウォシュレットって水圧でウンコを流すもんだと思っているのかお前は?
ウォシュレットの意義はケツを濡らしてウンコを落としやすくする以外に何があると思ってるんだ?
それをよりによって最強にする意味はどこにある?最弱ですら十分だろうが。
五体満足で鋼鉄のように頑丈なケツの持ち主であるお前は最大出力のウォシュレットでも物足りないのかもしれないが、
私のナイーヴなケツはそんな水圧に耐えられるようにできていないんだよ。
などと心の中で一通り悪態をつき、辛うじて一命をとりとめた私は、30秒前に抱いていた感慨などとうに忘れ、修羅の表情で業務に戻った。
それからというもの、用を足す時にはできるだけ水圧を「最弱」にするのを忘れないようにして、用を足すようにしている。
しかし、忙しいときや考え事をしているとき(そういう時こそトイレに入りたくなるものだ)、ウォーターカッターの如き水圧のウォシュレットは私の無防備な菊門を狙ってくる。
この1年間で、私は何度こいつに煮え湯を飲まされたかわからない。
前述したとおり、この職場の人間関係はとても良好だ。先輩も同期も後輩もみんな優しい。少ないメンバーで、かなりうまくやっていると思う。
「この中の誰かが、いつもウォシュレットの水圧を最大にしている」
「誰だ?どいつだ?」
「温厚な同期のAくん?」「職場のマドンナのBちゃん?」「凄腕エンジニアのC先輩?」
「クソッ、どいつなんだ...」
「いや、待てよ。複数犯ということは...」
「...」
私には、「こんなかでウォシュレットの水圧上げてんの誰だ?あ?お前か?お?」と凄むことも、
また、誰がウォシュレットの水圧を上げているのかを調べるために、人がトイレから出てくるたびにウォシュレットの水圧を確認することもしていないし、できない。
私の心も自分のケツと同じぐらいナイーヴだからだ。なのでこうして増田に書いているわけだが。
ウォシュレットの水圧を最大まで上げている奴に言いたいことはたくさんある。
トイレくらい気を抜かせてくれ、お前のケツどんだけ頑丈なんだよ、痔とかなったことないんだろうな、ふざけんなマジで...
でも一番言いたいのは、これだ。
ウォシュレットで腸内洗浄ができる、と誤解している人がいますが、水道水よりも人の体内の方が清潔なので、却ってウォシュレットによる腸内洗浄は不衛生な行為であり、腸内環境が...