間違いなくあの日の出来事が決定的だったのは分かるが、何があいつにとって不満だったのか、俺には不可解だった。
同級生のタイナイにそのことを話すと、やはり冗談半分にしか聞いていなかった。
「じゃあ、あくまで仮定の話として、カジマが魔法少女になることを拒否した理由を考えてみてくれないか」
タイナイは十数秒ほど唸ると、おもむろに口を開いた。
「マスダの弟は、カジマは魔法少女になりたいわけではないといったんだよな」
「ああ」
「恐らく、正解だと思う」
「はあ!?」
「人が心から何かになりたいとき、『なって何をしたいか』とかも考えるんだよ。なったら終わり、ではないんだから。それに『ならなければ出来ないこと』じゃないといけない。ならなくても出来ることなら、今の状態でもやろうと思えば出来ることなわけで」
確かにあいつは『魔法少女になりたい』とは言っても、『何をしたいか』は観念的なことばかりで不明瞭だった。
「あと、『なるためには何をすればいいか』ってことも考えるんだよ」
「それは……『なるためには何をすればいいか』が、そもそも分からなかったからだろう?」
「僕もそう思っていたけどさ。マスダがわざわざ方法を見つけ、お膳立てまでしてくれたのに、それを反故にしたのは妙だ。なる気がないと考えたほうが自然だ」
俺も薄々気づいていたのかもしれない。
それでも、その答えを先送りしたかったのは納得したくなかったというのもあるし、もう一つ分からないことがあったからだ。
「そうだとして、なぜあいつはそんなことを吹聴していた?」
そう、あれほどまでカジマが「魔法少女になりたい」と周りに言っていた、その理由が分からないのだ。
「僕たちも『有名人になりたい』だとか、『大金持ちになりたい』だとかを妄想したことはあるだろう?」
「まあな。この年齢にもなると、言葉にするのすら憚られるが……」
やっと気づいた。
カジマは『自分は、今の自分ではない何者かになりたい』と言いたかった。
俺たちが考えているよりも、もっと気軽に、まるで呟くように発露したかった。
つまり、カジマにとって『魔法少女になること』は本来の目的ではない。
「そう。だからそれに伴った行動もしない、するつもりもない。なったところで、これといってやりたいこともない。というより本当になってしまったら『魔法少女になりたい』と言えなくなるから、むしろ困るんだよ」
「あいつの『魔法少女になりたい』も、本質的にはそれと同じだと? だが、なぜ数多ある中から魔法少女なんだよ」
「やるべきことが分かっている以上は行動に移さなければいけないからさ。周りにそれを期待される。その期待に応えられないと、失望される」
「周りにそう思われてまで語れるほど、あいつはバカになれなかった?」
「そう、つまりカジマは夢を語る人間だと周りに思って欲しかったが、不必要な期待も失望もされたくなかった。だから、なれる方法すら不明だった『魔法少女』を選んだってことなんだと思う」
「虚言癖ってやつだったのか、それも打算的な」
「マスダ、端的な結論は本質から遠のくぜ。虚言とはちょっと違う。多少はなりたいと思っていただろうさ。でも、必然的に伴うリスクを負ってでもなりたい程ではなかった。もしかしたら、そういう事態になるまでカジマも自覚がなかったのかもしれない」
だが、あいつがあの日以来『魔法少女になりたい』と言わなくなったというのは事実で、俺のやったことは余計なことだったという確信はあった。
徒労感、失望感といったものはなかったが、ただただ俺は脱力した。
カジマが『魔法少女になりたい』と吹聴しなくなって、周りはやっとそれが不可能な夢だと気づいたなんて思っているが実は違う。
カジマは「魔法少女になりたかった」というより、「魔法少女になりたいと言いたかった」のだ。
俺はそれを暴くという、野暮なことをしてしまった。
今はただ、カジマが新たな“なりたい”を見つけることを願うばかりだ。
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