http://b.hatena.ne.jp/entry/www.landerblue.co.jp/blog/?p=18467
元のブログは大事な部分が省略されて(あるいは意図的に見過ごされて)書かれている。
第2部のデータだけを見るとかなり衝撃的だ。ただ、その後の第3部では、単に「日本の若者は不幸だ!」というだけではない分析が加えられていて、興味深い。(日本の若者が幸福であるといいたいわけではない、もちろん。)
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/thinking/h25/pdf_index.html
諸外国に比べ日本の青少年の自尊感情が低いことが問題視されることが多い(古荘,2009)。今回の調査結果においても、自尊感情と関連すると思われる「自分への満足感(「私は、自分自身に満足している」)」をみると、他国の平均値が 3.00 前後であるのに対し、日本の平均値は 2.31 と際だって低い値を示している。
このような結果を見ると、「日本の青年は良くない状態にあるのではないか」と評価したくなるが、果たしてこのような評価は妥当だろうか。というのも、「自分への満足度」が低いということは、必ずしも「悪いこと」とは限らない場合もあるからである。(中略)文化によっては、「控えめ」に自己をとらえることが美徳とされる場合もありえる。
日本の青年は、ドイツ、フランス、スウェーデンに比べると統計的に有意に高い値を示したが、韓国、アメリカとのあいだには有意な差は見られず、逆にイギリスからみると有意に低いという結果が得られた。つまり、自己有用感について、日本の青年は他国の青年に比べて著しく低いとは言えず、アメリカや韓国の青年とほぼ同程度であり、イギリスの青年と比べると、日本の青年のほうが自己有用感が高いことがわかる。したがって、自己有用感という視点から自尊感情をとらえるなら、必ずしも日本の青年は、自尊感情が低いとは言えない。
今回の調査で日本の青年の「自分への満足感」は、他国と比べ際立って低い値であり、日本の青年が自分に対する満足感が非常に低いことが示された。しかし、その一方で、同様に自尊感情を測定している自己有用感では、ほぼ中間に位置し、他国の青年に比べ、特段低い値ではなかった。
こうした結果から改めて、「自分への満足感」について考察を加えるなら、次のようにとらえ直すこともできるのではないだろうか。すなわち、「日本の青年は『自分への満足感』は低いが、それは自己有用感との関連で考えられた上での結果である。それに対してアメリカ・イギリスの青年の「自分への満足感」は非常に高いが、それは自分が役に立つ存在であるといった自己有用感とは別次元で考えられた結果である」と。つまり、日本の青年の満足感の低さは、自己の有用性に関する判断と関連した上での自己評価であり、他国の青年とは異なる基準でとらえられた結果である可能性が考えられるのである。
以上のことから、今回の調査で他国の青年との比較で明らかになった日本の青年の自尊感情の特徴とは、長所や主張性といった個人の特性と関連しながらも、他者にとって自分は役立つ存在であるかという有用性と分かち難く結びついたものであるという点で、他国の青年にみられない特徴をもつものであったといえるだろう。このようにとらえるなら、日本の青年のみならず、それぞれの国において固有の青年の自尊感情のあり方というのが存在するのかもしれない。したがって、「自分への満足感」、あるいは自尊感情というものは単純に高い低いという視点から評価するだけでなく、どのような構造(関連性)をもったものであるのかという視点からもとらえる必要があると考えられる。
日本の若者は単に「幸せ」とか「満足」と定義するものが少し他国と違うのかもしれない。
個人的印象では「自分に満足」は結構ハードルが高いけど、英語の satisfied with はそこまで強い意味でもないように思う。
もちろん、日本の若者だけが本当に極端に不幸であるという可能性もある。いずれにしても、単におおまかな数値を比較して不幸だというより、こういった違いを踏まえて考えたほうがより的確な施策につながるのではないか、と思う。