空気の読める社会が希求されてるが空気を読む力が重要なんじゃない。空気を読む必要が生じる社会の側に問題がある。
といっても協調性ゼロなやりたい放題な世界を作りたいのではない。マルチトピック制度を政策として提案したいのだよ。よく聞いてくれ。
あるコミュニティで会話しているとき同時に複数の話題を並行させることは難しい。2つの話題を並行させるニーズに即応するには
コミュニティの人員を分断させそれぞれのサブコミュニティで別の話題をする。このばやい、それぞれのサブコミュはやはり1つの話題を強要する。
これがどんな恐ろしいことか分かるかね?1人の人間は所詮ワンタイムにはシングルトピックしか扱えない。たとえ他のトピックで良い話題が
思いついたときも発言が許されない。そこで頭の引き出しにメモしておいてしかるべきタイミングに発言できるような記憶力の持ち主とか、
アイデアが出るたびにメモするマメな性格の持ち主とかが貴重な人材なんだよ。これが今の社会の仕組みと言っても過言じゃない。
そんな貴重な人間頼みにしてては人材不足になるのは当然である。これは個々人の無能さに問題があると考えるのは問題の設定ミスであるまいか?
社会の仕組みの側を変えねばならん。これが川上量生の言う「ルールを変える思考法」であることは言う迄も無い。具体的にはワンタイムマルチトピック制度だ。
つまり好きなタイミングで好きな発言をしても「和」を乱さないように社会の側を作るべきなんだよ。いや話が大きすぎて俺には関係ねえって思ったそこのお前にはこう言おう。
君が所属し影響力が多少なりともあるコミュニティが複数あるだろう?そのコミュニティの仕組みを変えるべきなんだよと。
われわれもそろそろ古い考え方に飽きてきたのではないか?面倒面倒と思いつつも受け入れることが「オトナ」なのだと教わってきたからそうしているに過ぎない。
そんな幻想は俺がぶち壊してやる。朗報だ。そんな魔法の修辞技法があるぞ。悪い意味の言葉に「よい」「わるい」をつけるんだ。
そこから始まる「みんなでキャベツを切ってる時にスイカの話が出来る社会」。そんな社会を作るためにもみんなで始めないといけない。
例えば、「ガキ」は幼稚さに対する侮蔑語であることは疑いの余地がない。しかし「よいガキ」と言えば途端に「ガキ」に対する良い面にスポットがあたる。
たしかにガキという言葉は悪い面ばかりだけどもしかしたら良い意味もあるかもしれない。そんな気にさせてくれる所が言葉の柔軟性であるからして、
われわれ地球市民も積極的にこのカラクリをみんなでどんどん使おうよ。
・・・繰り返すが個々人の無能さに問題があるというのは1つの見方にすぎない。発想を変えてみよう。全体は部分和を超えるというシステム論の格言がある。
当たり前だが組み合わせでどんどん効果が時々刻々と変わってるんだ。あるシステムを維持成長させるために必要な個々の要素のスキルとは何なのかではなく、
某ブロガー並みに日本語通じねぇやつだな ガキとバカにされてるときに良いガキもいる!なんて論点そらしも良いとこだろ 一々こうやって自明なことを説明させるようなクソガキがネッ...