早いもので福島原発事故からもう2回目の年の暮れを迎えようとしているんだなぁ。
考えていたことを書いてみたくなったのでメモ。
思い返してみると日本政府は「なにもしない」事によって
戦後、日本政府は「先送り」つまり決断をしないことによっていままで
幾多の困難を乗り越えてきた。環境が変わることによって問題が問題で
なくなってくることがあるということを身を持って知っているからだろう。
今回も結果的にはそうだった。
もしメルトダウンしたと2011年3月15日に政府が発表したと考えてみたらどうなっていただろう。
株価は大暴落、東京脱出で交通混乱(おそらく死者も出ていただろう)
経済活動は考えるのも恐ろしいほど混乱したに違いない。
それがこの程度で済んだのだから結果だけ見ると「最悪中の最高」だ。
東京を含む関東でも多分でるだろう。 しかしそれは緩やかな問題であり急性な疾患ではない。
人間は目の前の問題以外に対しての耐性は意外と強い。
命は必ず終わりがあるけれど多くの人にとってそれを現実問題として捉えるのは病気になったり寿命が終わろうとしているときになってから。。
煙草の害だって悪いと分かっているがすぐ死なないから(慢性だから)
そのリスクを理解したうえで吸う人はOKだ。
もし煙草の害が急性で10日で死ぬようならばたばこは禁止されているに違いない。
時間を稼ぐというのはとても有効なパニック回避の方法だと思う。
そしてそれを今回も(作為なのか不作為なのかはともかく)結果オーライだった。
先送りしたことで長期リスクは高まったが短期リスクは最小に抑えることができた。
ではミクロ的に見るとどうだろう。
情報が足りない中で疎開や移民を早期に決断できた者の将来の健康リスクは
比較的低いだろう。
今回の原発事故ではこのあたりの情報の取捨選択と行動の素早さが
5年後10年後に違いとなってくるのだろうが、そのころには「しかたない」で
済まされる可能性が多いと思う。 実際に健康被害があるのかもわからない。
また検証したからといって過去が変わるわけではないから多くの人にとって
無意味なことだ。
今回の原発事故では政府が情報を隠蔽していたと怒る人も多いようだが、
一生のうちに何度原子力発電所が自国で爆発するのを見ることができるだろうか?
白煙、黒煙あげて建屋が吹っ飛ぶのをLiveで見ることはおそらくもう無いだろう。
メルトダウンがしているかいないかにかかわらず、政府がどれだけ
安全だと言ってもこれは異常事態であった。
動かない人は動かないだろう。結果逃げる人は逃げ、逃げない人は逃げなかった。
多くの人は短期のリスク(健康など)と長期のリスク(仕事、コミュニティなど)を考えた上で
判断した。
善い悪いの問題ではなくあとは受ける側の問題だと思う。 マクロ的には個人の
どうするかはその人が決めることだ。その結末も含めて。
繰り返しになるが今回の原発問題の政府の情報の隠蔽は短期的かつ社会全体の利益の観点から見ると、結果的に2次被害を小さくした。
そう思う。