はてなキーワード: おkとは
海外のblogで初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。
http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/
=====以下翻訳=====
そこにはバルトロメオ・クリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロック・ミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語でピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。
イタリアはピアノを発明することによって、日本が初音ミクを発明するための扉を開いた。
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俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケットが完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間の無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京のコンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイド・コンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。
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クリストフォリがピアノを発明した頃、J・S・バッハは平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。
数十年後、ようやくピアノの価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元の作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタと女性の音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器をピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメのシリーズのようにモーツァルトのレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲の形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルトの協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」
モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。
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ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドのコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサートは全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場用サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックのオーケストラと民族音楽の演奏くらいしかないし、それにシンフォニー・ホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器を楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女がモーツァルトの魔笛のアリアを歌っている動画を聞いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA
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19世紀欧州で、もしお前がピアノの演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストとビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。
少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。
かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会の中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツやゲームを発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアム・ペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノは文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。
19世紀末と20世紀は音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲と理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。
そして、とんでもないことが起きた。
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ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドのパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザー・プログラムのマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべとニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?
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それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。
ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールのチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノは専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。
さらに悪いことにロックがギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハやベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。
だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアがピアノを発明したことが日本の初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノは21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso
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もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後の舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションのラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアとCGアーティストと音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧なアイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトのオペラを、ガーシュウィンのミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。
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真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザー・キーボードとMIDIコントローラーとワークステーションの世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空のオーケストラに仕立てることもできる。ピアノはピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。
一つだけ欠けているものがあった。声だ。
そして、ご存知の通り、日本は日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナを創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀のスーパースターになるのは当然のことだった。
中にはボーカロイドというアイデアが音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事をソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家、編曲家あるいはプロデューサーになりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイドは音楽家の仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。
何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。
=====以上翻訳終了=====
誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。
こうするとすぐぶら下がるのかな? クソコテ再び。
>新たに後から興味を持った人は、ネット上のすべての議論を網羅してからでないと話題にするなと言いたいの?
No。主要なポイントを抑えていればおk。少なくとも自分が言おうとしている事がどうなっているかくらい確認しとけ。「#librahackで」警察を叩きたいなら警察関連を読んでおけばだいたいわかる。
No。ある程度様子を見てはいる。一線を超えるといい加減にしろと思う。しかたねえだろ。俺は神様でも仏様でも,おめえらのパパでもねえんだ。赤の他人にいつまでも我慢できると思うな。
>今後、興味を持って話題をしたいと思う人が増えないほうが良いと思っている?増えたほうが良くない?
興味を持つことは否定していない。興味を持ったらまず概要を知ってくれ。「議論に」参加したいなら詳細を知ってくれ。それから,自分の手を動かさずに俺らに何かをさせようとするな。思い通りに動くと思うな。動かしたいなら説得力のある行動を取ってくれ。
説明や広報に問題があるのはわかってる。なんとかしたいとは思っているが知恵がでねえ。
>異なるバックグラウンドを持つ意見について、それは既出だと決め付けるの早すぎない?
バックグラウンドが説明されていればいいんだけどね。そんなことは一度もなかった。論拠すらない!
>既出であっても、それは自分が論破済みとか思ってる?今後の意見によっては覆る事だって多々あると思わない?
意見によって覆るとは思えないな。論拠なりなんなりによって覆ることはある。
既出で議論済みで解決済みのものは俺が語ったんじゃないものがほとんどだ。俺の成果物は少ない。
でも,論拠そろえて検証済ませて結論が出て次に移ったものにケチをつけようとするなら,それなりの論拠なり物証なりが必要だってことはわかっておけ。
なんでひろみちゅが一目置かれていると思う?奴は徹底的に事実関係を固めて積み上げて持ってくるからだ。
あそこまで仕上げて持ってこられたらグゥの音もでない。噛み付く隙すらない。
たまにはやりかえしたいと思うこともあるが手も足も出ない。
>覆されるのは個人的に面倒でイヤだって思ってる?だから、対話より暴言により遠ざけたいの?
No。まっとうな論拠持ってこられたらホイホイついていくぜ。だが対話に値する奴じゃないなら出て行けと思う。邪魔だ。
>「今来た三行」と言って概要聞いた段階で意見する奴は近寄ってくるなというのは、ハッシュタグが込み合うから?
Yes。議論が進まなくなる。とりあえずまとめに誘導するボットを設置した。朝7時から深夜0時までの間,2時間おきにまとめに誘導するはず。設定ミスってなかったらだけど。
>なら、別のハッシュタグで別の視点から議論が進むのなら許せるの?そもそも #librahack を我が物顔で占有してはいません?
独占なんかできやしない。別のタグで好きなようにやるならどうぞ。実際に「やりたきゃ勝手にやれ」とも言っている。
ただ,そこでおかしなことになっているなら訂正しに行くかも知れない。そのときは相応に調べてから行く。
それがそこで議論してる奴らへの礼儀ってもんだろ?
>何度も追い出している対応のとき、他の人は基本的に黙ってるだけでしょう?ののしりあいにかかわりたくないからだと思わない?
思わない。止められないし俺が追い出されてもいない。ヨゴレ役は三下一人でいい。
>貴方のせいでハッシュタグでの意見が偏りすぎてしまっていないかと心配ですよ。自分らがネットの総論で、異なる意見を異端扱いしすぎでは?
杞憂。意見を偏らせるほど影響力があるとも思えない。現状で総論なんか出せているとも思えない。異論があるのは認めるが論拠が提示されない限りそれは妄想と同じレベルで扱われる事を覚悟したほうがいい。
具体例が無いとわかりにくいから、ネットゲームで例える。
もっと一般度が高い例があるだろうけど、それだと読み手の個人的な感情や好き嫌いが入りそうなので。
AさんとBさんはネットゲーム1で楽しく遊んでいました。
ある日を境にだんだんAさんがネットゲーム1のことをネガり出すようになりました。
運営のやり方が汚い、新規ユーザーの質が悪い、最近のアップデートは糞だ、新規スキルのバランスが悪い…等など。
Bさんが楽しく遊んでいるとAさんがログインしてきて、文句ばかり言います。
Bさんは、たしかに昔とは色々変わったけど運営は結構頑張ってると思うし、Aさんは昔の資産や経験にこだわりすぎて視野を狭くしているように感じていました。
新規ユーザーのことだって、ユーザー一人一人にたいした問題はない、新参がおかしな方向に行きがちなのは、おかしな情報が蔓延していてそれに真っ先に染められてしまうからだと考えています。残念なことに、初心者狩りといってギルドのメンバーを増やすためだけに見かけの豊かさを振りかざして初心者を取り込もうとする人たちがいます。彼らは、初心者にライン工のような作業やマイルールをおしつけています。Bさんは自分のできる範囲で、縁のあった初心者を自分のギルドに入れています。それは自分自身の楽しみでもあります。
Aさんを新しいイベントに誘っても「どうせ~~でしょ」とログアウトするようになってきました。そんなAさんを構ってるより、初心者の育成や新しい出会いに労力をつぎ込んでいた方がBさんは楽しいに決まってます。二人はだんだんと疎遠になって、Aさんはいつのまにかログインして来なくなりました。
しばらくたって、久しぶりにAさんがログインしてきました。なにやらカムバックキャンペーンというやつで2週間だけ無料で引退ユーザーがログインできるようです。
B 「久しぶりだね。Aがいない間に色々変わったよ。新人もずいぶん上手くなって、こないだはCのチームに勝ったよ。Aが復帰するならおいでよ。」
A 「相変わらずだなこのクソゲーは。俺はいまネットゲーム2をやってるんだ。昔チームにいたDっていただろ。あいつとあいつの知り合いもまとめて引き抜いてやった。今日はこのクソゲーからネットゲーム2にメンバーをスカウトしに来ただけだ。」
A 「ああ楽しいよ。ネットゲーム1は~のバランスがクソだろ、それで~システムが~でおかしいし、ユーザーの~がクソだろ。~ってアイテムは本当に終わってるだろ。(ry」
B 「俺らは楽しんでやってるんだ、文句だけ言いにきたなら帰ってくれよ!それとうちのギルドメンバーにこのゲームをけなすメールを送り続けるのもやめてくれ。」
A 「ネットゲーム2が素晴らしいからやってるんだ!」
B 「別に俺はネットゲーム2のこと嫌いじゃないよ。本当はネットゲーム2の方が楽しいのかもしれない。ただ、知らないだけだよ。でもそれとネットゲーム1がクソかどうかは関係ないだろ…」
A 「ネットゲーム2の素晴らしさを広めるには、お前らがやってるゲームがどんなにクソかわからせる必要がある!」
B 「おまえウザいよ…」
Aさんが本当にBさんの心を動かしたかったら、Bさんの今やってることは認めた上で、Aさんが新しく取り組んでることがいかに良いかを説明するべきだったはずです。
おちついて考えるととても当たり前のことなのに、これができなくてAさんのようになる人が多いと思いませんか?
今の~~がダメだ、~~はもうダメだ、~~の方がいい。仕事法、勉強法、政党、宗教、代替医療、ダイエット法、好きなアーティスト、プログラミング言語、Twitter、mixi、適当なものに置き換えておk。身に覚えがあるはず。
人にモノを薦める時、このことをちょっと思い出して欲しいな。
「人にモノ薦めるときにネガしか吐かないのをやめようよ」に沿うなら、このタイトル自体も、「人にモノ薦める時はまず素晴らしさを説こうよ」になるはずなんですが、それだとインパクトが薄いかなーと思って悩んだ末にこうしました。ダブルスタンダードでごめんなさい。
それと、新しくモノを薦める時だけでなく、それをやめさせたい時も同じですね。やってることを叩きまくるよりも、やめたらどんな魅力があるかを説いて相手に興味をもってもらう方が成功率が高いです。
けど、俺の実生活では幸いにもとくに関わりのないことなので「本当にこんなことが?」なんて思ってしまう。
上記の記事をななめ読みしただけだけど、結局、ホメオパシー信者って、「悪魔の証明」を逆手に取った宗教的集団なんだろうと思った。なんか「ね、証明できないでしょう?つまり効果があるってことなんですよ」「誰々さんも・・・」みたいに、
「科学的な根拠に基づくかどうか」 → 「あなたは信じるかどうか」
という感じでうまいこと論点がシフトして、もうどうでも良いような論争になっちゃうんでしょうね。やだやだ、そんな面倒な・・・。
ところで、コメディー「ホメオパシー救急病棟」の皮肉っぷりは面白かった。 http://www.nicovideo.jp/watch/sm11404088
キンドルが安く発売されるというのにまとめられているページがない。なので、私が書く
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・洋書は43万冊DL出来るが、日本語の書籍はまだまだ難しい。欲しい本がすぐにDLできるわけではない
・重さ、見易さはipadと比べるとだいぶ快適。キンドルの場合、日差しが強い所でも読める、目の疲れも少ないらしい。
・wifiだけと3Gの違いはネットをどこでも使えるかどうか。つまり、本をDLして読むだけなら3Gは必要ないと思われる。ただし、
・wifiの認識は「決められたエリアならネット接続が可能」でおk。つまり、家に居ればネット繋いでDLできる・・はず(ここら辺曖昧なので、分かってる人加筆頼む)
・キンドル欲しいという人は予約が必要。その際、アカウントを新規に作らなければならない。
英語全然わかんねぇていう人はhttp://www.yoshodego.com/amazoncomkindle2dx.html を読みながらすれば出来る。
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iphone,ipadをスルーし続けていたので、「wifiや3Gとか何?」て感じだった。
なので、色々調べて自分が分からなかった所の回答集みたいなものになっている。
だから、ツイッターを使いたいとかグーグルで検索してウェブみれんの?快適性は?とかは知らん。私は使わん。
誰かwiki作ってくれ
北海道の結婚式って会費制もそうなんだけど、発起人というシステムももっと注目されるべきだと思う。
学生時代のサークル活動みたいに数人で協力してイベント企画するわけ。
みんなで作る結婚式というノリが強いんだよね。
新郎新婦の家が他の人に礼儀をつくしてもてなすという方向性じゃなくて、新郎新婦のためにイベントをやろうって方向性。
この差が根本的にでかい。
金銭的に合理化された結婚式というところばかり注目されてるけど、みんなもっとこのことに気付くべきだよ。
意地の張り合いのためにやるわけじゃないから規模が自由。
親しい人だけでやるのもおk、友達みんな呼んでわいわい300人でやったっておk。
基本が楽しむためにやるものなんだもの。
だから参加しなくても礼儀とか考えて気が重くなるようなもんじゃないし、逆に同僚や友達でも気軽に参加できる。
発起人システムについて↓