このまとめ( https://togetter.com/li/2013016 )のブコメを見てたら、ヴィーガンに対して、「よろしいならば戦争だ」、「カルトの教え」、「ただのアタオカ」、「疑似科学風の新興宗教」とか何とか色々放言があって驚いた。
何に驚いたかというとまとめのツイートの論理を全く追えていない点。
このまとめの主となるツイートの内容は「ヴィーガンの主張は規範的なものだから、他人に同調するよう迫るのは当たり前」と言う内容であって、
ヴィーガンの主張が正しいなんてことは全く言っていなくて、ほとんど必然的な論理関係「規範的な主張を認めるならば、それを他人にも認めるよう求める」を確認しているに過ぎない。
割合多くの人がツイート内の「正義の原理」と言う言葉を見て、「ツイート主はヴィーガンが正しいと主張している」と言う解釈をしたようだが、
普通に読めば、もしくは少しでも倫理学を学んでいれば、この「正義の原理」の意味は「規範的主張の根拠となる原理的な規範」と言うぐらいの意味であることがわかる。
誤った解釈をしていた人は改めてまとめのツイートを見てみてほしい。明らかにそう書いてある。
読んでもわからなければ、おそらく非常に基礎的な学問のトレーニングが足りていないから、適当にいっちょ噛みするのはやめた方がいい。
で、この論理が追えていない時点で、もうほとんどまともに話が通じる相手ではないので、文章を続けても仕方ないのだけれど、
このまとめのツイートが言っているようにヴィーガンの少なくとも一部は規範的な立場で肉食を否定している。
いわゆる「最大多数の最大幸福」、つまり、幸福の総量の最大化、そして苦痛の総量の最小化が善であることを前提として、
「動物も人間も苦痛を感じる」、「人間の苦痛には配慮して、動物の苦痛には配慮しない合理的根拠がない」と言う点から、
動物に多大なる苦痛を与える畜産をやめるよう求めるものだ(これは非常にラフなまとめ)。
この主張の根拠等についてはこれ以上詳しく述べないが、動物倫理の本を見れば書いてある。
つまり、少なくとも一部のヴィーガンの主張は明確な原理的主張を持っている。だから、否定したかったらこの原理を否定したらいい。
「カルト」、「宗教」と適当にレッテル貼りしたり(そもそもこれらの言葉をかなり独自の定義で用いているようだが)、
いつでも逃げられる場所から「よろしいならば戦争だ」とか「アタオカ」とか言っても、意味はない(ことはない。ただかなり合理性を捨てていると思うのだが、それでいいのだろうか)。
で、ヴィーガンに攻撃的な人たちは結局どんな武器を持っているのか?
ヴィーガンは少し本を読んでみればわかるように、実のところ、非ヴィーガンでも認めざるを得ないほど、単純ながらも強力なロジックを持っている。
それに対して、肉食側は今のところ、相手の主張を理解しないことによって敗北しないという「無敵戦略」や
じゃあ人間が絶滅するのが一番良いんじゃね?