俺はこれ別にいいと思うんだよな。
ブサイク・人格破綻・知能障害といった特性を持った人間が遺伝子レースから排除されていくのって結果として健康的だと思う。
こういう話すると「ナチスじゃん!」って言われるんだろうけど、それは「今生きている人を排除する」ことが問題なだけなんじゃねえかなと。
たとえば自分が産まれてきた体がグチャグチャの顔で頭も悪くてそれ故に性格もぶっ壊れてて両親もそうで学校でも毎日虐められて職場でも陰口叩かれて親の葬式やっても親戚がずっと死んだ親の悪口言ってるとかだったらもうツラすぎるじゃんそんな人生。
そういう人間が誕生する確率を下げる最もシンプルな手段として「劣悪な遺伝子を持つ人間が子供をなすことを推奨しない社会」があるべきだと思うわけよ。
なんつうか今の社会って産めや増やせやの価値観を修正するの放置しすぎてて「劣悪な人間であるなら、せめて出生率に貢献すべき。人口を維持するためにクズほど子供を沢山作るのが社会貢献」みたいな歪みきった状態になってるじゃん。
これは良くないと思うんだよな。
まあ上級国民からしたら自分たちと一生縁のない奴隷階級、それこそゴミ清掃車やウンチ汲み取り車の運転や整備をさせるだけの人間を維持するために低品質な人間に変わりがいくらでもいる形が望ましいからその状態を維持したがるんだろうけど。
一般的な国民から考えると、隣人にはある程度の品質を求めたい所なんだよね。
家賃5万ぐらいのアパートに住んでていても隣人の頭がおかしくなっていない事を心配しなくて良い社会であった方がいい。
ぶっちゃけ産まれてきた人間からしたって、頭のおかしい親とその親から産まれたイカれた兄弟に囲まれて学校ではイジメっ子として煙たがられるような人間として育つのなんて嫌だろうしさ。
やっぱ「遺伝子的に優秀な人間ほど子供を沢山作る。遺伝子レベルの無能は子供を作らずに消えていく」が本来あるべき形なんだよ。
つうか自然界はそうだったわけだし