2021-08-15

魯迅絶望抵抗

人生で一番苦痛なことは、夢から覚めて、行くべき道がないことであります。夢を見ている人は幸福です。もし行くべき道が見つからなかったならば、その人を呼び醒まさないでやることが大切です。」(「ノラは家出してからどうなったか」)

賢人と馬鹿奴隷

奴隷は結局のところ相手を探してぐちをこぼすにすぎません。そうしたいだけで、またそれしかできないのです。ある日、彼は賢人に出会いました。

先生!」彼は悲しそうにいいました。涙が糸を引いて目尻から流れおちます。「ご存知でしょう。わたし暮らしはまったく人間暮らしではありません。食事は一日に一食ありつけるかどうか、その一食だってコーリャンカス、豚や犬さえ食わないような代物で、しかも小さな茶碗に一杯きり……」

「それはほんとうにお気の毒な」賢人は痛ましそうにいいました。

「そうなんです!」彼はうれしくなりました。「それでも仕事は昼も夜も休みなし、朝は水くみ晩は飯炊き、午前はお遣い夜は粉ひき、晴れりゃ洗濯降れば傘役、冬は炉の番夏は煽ぎ屋。夜中には白きくらげを煮込み、賭場へ主人のお伴をし、てら銭のおこぼれにありつくどころか、ときには鞭まで食らう始末……」

「それはそれは……」賢人はため息をついて目の縁を赤くし、今にも涙をこぼしそうです。

先生! これではやっていけません。なんとかしなければなりません。しかしどんな手がありましょう? ……」

「思うに、いまによくなるよ……」

「そうでしょうか? そうだといいのですが。でも先生わたしの苦労をお話しし、同情し慰めていただいたおかげで、もうずいぶん楽になりました。やはり天は人を見殺しにはしませんね……」

 しかし幾日もたたないうちに、彼はまた不満になり、またぐちをこぼす相手を探しにでかけました。

先生!」彼は涙を流しながらいいました。「ご存知でしょう。わたし住まいはまったく豚小屋にもおよばないのです。主人はわたし人間あつかいしてくれません。飼い犬の狆のほうが何万倍も大事にされて……」

くそったれ!」相手は大声でどなり、彼をびっくりさせました。その男馬鹿でした。

先生わたし住まいは一間きりのぼろ小屋で、じめじめして暗く、トコジラミでいっぱい、寝るとすかさず刺してくるのです。臭気が鼻をつき、四方には窓ひとつなく……」

「主人に窓をひとつ開けてくれとはいわんのか?」

「めっそうもない……」

「じゃあ、おれを連れていってみせろ!」

 馬鹿奴隷のあとについて彼の小屋の外に着くと、すぐその土壁を壊しにかかりました。

先生! 何をするのです?」彼は仰天していいいました。

「おまえに窓をひとつあけてやるのさ」

「いけません! 主人に叱られます!」

「知るか!」彼はそのまま壊しつづけます

「だれか来てくれ! 強盗がおれたちの家を壊しているぞ! 早く来てくれ! 早く来ないと穴をあけられてしまう!……」彼は泣き叫びながら地べたをのたうちまわりました。

 一群の奴隷が出てきて、馬鹿を追いはらいました。

 叫び声を聞きつけて、ゆっくり最後に出てきたのが主人でした。

強盗わたしもの家を壊そうとしましたので、わたしがまっさきに大声をあげ、みんなで追いはらいました」彼はうやうやしく、得意そうにいいました。

「よくやった」主人は彼をこうほめてくれました。

その日、大勢の人が慰問にやってきて、賢人もその中にいました。

先生。この度はわたしが手柄を立てたので、主人にほめられました。この前、先生はいまによくなるとおっしゃいましたが、ほんとうに先見の明で……」彼は希望に満ちているようにうれしそうにいいました。

「そうとも……」賢人もうれしそうに答えました。


賢人による救いは、奴隷主観における救いである。つまり、呼び醒まさないこと、夢を見させること、言い換えれば救わないことが、奴隷にとっては救いである。

奴隷主観からいえば、奴隷が助けを求めること、そのことが奴隷奴隷たらしめている。

から、このような奴隷が呼び醒まされたとしたら、かれは「行くべき道がない」、「人生で一番苦痛な」状態、つまり自分奴隷であるという自覚状態体験せねばならない。

「行くべき道がない」のが夢から醒めた状態なので、道があるのはまだ夢が続いている証拠である

奴隷が、奴隷であることを拒否し、同時に解放幻想拒否すること、自分奴隷である自覚を抱いて奴隷であること、それが「人生で一番苦痛な」夢から醒めたとき状態である

行く道はないが行かねばならぬ、むしろ、行く道がないからこそ行かねばならぬという状態である

かれは、自己であることを拒否し、同時に自己以外のものであることを拒否する。それが、魯迅においてある、魯迅のものを成立せしめる、絶望意味である

絶望は、道のない道を行く抵抗においてあらわれ、抵抗絶望の行動化として現れる。

それは、状態としてみれば絶望であり、行動としてみれば抵抗である

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