1年間私に生きる力をくれたけものフレンズへ。良い未来に繋がりますように。
旧アプリの主人公は園長になる人間。漫画の主人公は飼育員。当時私たちはフレンズではなかった。
たつき監督が「ヒトも動物である」という物語を丁寧に描くことによって、もう一つの意味の「フレンズ」という概念が生まれた。
「~は○○のフレンズなんだね!」という作中にないサーバルちゃんの台詞が受け入れられた事は、その証明だ。
KFPAは気が付いていないのか。
動物ファーストの理念はもはや単なる動物愛護精神ではなくなった。
ヒトが動物と対等の立場の当事者として、真剣にどう向き合っていくかに変化した。
そこには当然、動物であるヒト同士の関わりも含まれる。けものはいても、のけものはいない。
■フレンズは何に怒っているのか
フレンズ全員の恩人であるたつき監督に、「残念です」と言わせてしまったことに対して怒っている。
それはたつき監督が築いた、ヒトも動物であり私たちもフレンズなんだという概念、ひいては自分たちも当事者であるという根拠を失ってしまう可能性にも繋がるから。
■どうすればいいのか
お話の真実なんて立っている場所や何が得意なフレンズかによってみんな違って見えて当然だ。
だからまず、かばんちゃんに残念な気持ちにさせてしまってごめんなさいと謝る。
既にみんな気が付いている。けものフレンズは世界を変えた、いや、むしろ世界が既に変わっていたからこそ奇跡を起こせた。
SNSと動画配信サイト、そしてネットの成熟によって演者関係者作品に関わるヒト、それどころかファン全員がフレンズとしてほぼ同じ情報量を共有できる世界が生まれたこと。
その根幹を奪われまいと戦って、理解が得られなくて悲鳴をあげたというのが今の現状の要員のひとつ。