AVを見るつもりなんか初めはなかった。
仕事の関係である分野の専門書が必要になったから、都内の古本街に探しに来ただけだった。
でも探しても探してもまったく見つからない。
明日までに見つけなきゃならないのに、どこにもないから自棄になって、飛び込んだのがあやしげなAVショップだった。
正直俺はそっちの方面にはほとんど興味がない。AVを見たこと自体あまり無いし、あんなものを見てもキャリア形成には何の役にも立たないと考えている。
よく若い同僚がAVについて話しているのを聞くと、日本の末路が目前に暗示されているような気分になり、ため息がでる。
先輩は性欲処理とかどうしてるんですか、と聞かれるたびに、笑ってごまかすけれども、実のところ、月に一度か二度抜けばそれで満足してしまう。それも義務感に迫られて仕方なく抜く。金にならない無駄なことはやらないのだ。草食おじさん、みたいな感じ。
だから俺がそんな店に入ったのは性的興味ではなく、むしろ社会勉強のためとでも言ったほうが正しかった。
入ってびっくりしたのは、裸の女たちが苦しげな顔をしているAVのパッケージではなく、そこに外国人がいるシュールな空間の方であった。
俺は仕事がら英語を使うので、彼らが何を話すかはだいたい理解できる。
「おお、この女優、ネットで見たことあるぜ。オーラルが得意なんだよ」
わざわざ日本にまで来てAVか、と馬鹿馬鹿しくなり店を出ようとすると、隅のほうに外国人が一人、一本のAVを手にとって眺めていた。目頭を押さえ今にも泣きそうな顔をしていた。
がっちりとした体格の、30歳くらいのその外国人は、AVを手にするというよりも、大きな掌で握り潰しそうなくらいの勢いに見えたので、俺は不審に思って少しそばに寄ってみた。
"What’s the matter?"
外国人は大粒の涙を流しながら、
"Do you know her? This is my wife."
と言って、AVのパッケージに写る、大口を開けて精液を顔にあびた格好の外国人女性を指差した。
詳しく話を聞いてみると、この外国人は、自分の妻が日本でAVに出ているという噂を母国の友人から耳にし、おどろいて来日したのだと言う。きっと自分の稼ぎが悪いから、異国の地でこんな仕事をしているのだろう、といよいよ号泣しながら彼は語った。
俺も人間だ。一緒に泣いた。世の男たちは、こういうものを見て興奮し、満足するのだろうが、オカズにされる本人の気持ちを考えたことはあるのだろうか。いくら金のためとはいえ、汚らしい男優に好きなようにされ、一生懸命演技をする。そこに人間の尊厳などあるのだろうか。彼の奥さんは、汁男優に精液をかけられている間、おそらく夫の顔を頭に浮かべていたであろう。それを思うと、涙が止まらなくなった。
心配した店員に声をかけられ、われに返った俺は、むせび泣く彼を慰めようとして、
「人生山あり谷ありさ。いいこともあれば悪いこともある。次はきっといいことがあるから、前を向こうぜ。グッドラック」
というようなことを言い、コーヒーをおごるから外に出ようと促し、涙でぬれた手で握手を交わした。
彼の妻が出演したAVを購入して処分するつもりでレジに持っていった俺が、パッケージに写った汁男優が自分自身であったことに気づいて閉口したことも、その後連絡先も交換せずコーヒーも飲まずに帰ったことも、そんなことはどうでもよいのだ。大切なのは、東京のAVショップで異国人との間に新たな友情が生まれたこと。それで十分ではないか。
オチに意外性を求めすぎではないか。 最後の濃い情報は無しでさらっとまとめた方が俺は好きだな。
極めて同感である