2017-11-18

大学による雇い止めも仕方がない

東北大学秘書雇い止め危機を伝える新聞記事http://www.asahi.com/articles/ASKC16D0XKC1UNHB00P.html)が話題だ。大学関係者としての想像だが、雇い止めは誰も望んでいないはずだ。秘書本人はもちろん、研究室教授や関連する学部事務職員なども、できることなら続けてもらいたいと思っていることと思う。それでも雇い止め危機は来る。

ブックマークコメントでは「雇い止めとかふざけるな、無期雇用しろよ」という論調コメントも多い。お怒りは尤もである。尤もなのだが、話はそう単純ではなく、仕方がない面もあると思う。

原因は、教授大学組織の心意気の問題ではなく、大学予算システムにある。建前の上では、(労働契約法の)趣旨に反した雇い止めをこれから行うというよりも、(大学予算制度の)趣旨に反した継続雇用をこれまで行ってきたと言える。およそ大学で働く人の実感とはかけ離れているが、かけ離れているが故に問題である

どういうことかを説明するには、大学予算の話をしなければならない。面倒だが付き合っていただきたい。

研究室秘書を雇うとなると、まず間違いなく、人件費の原資は「競争資金」のはずだ。競争資金とは、各研究者研究計画(「こういう価値のある研究を、こういう計画実施したいと思うので、これだけの予算を下さい」という申請書)を提出し、その中で優れたと判断された計画予算が割り当てられるという仕組みだ。競争に勝って予算が得られれば、研究計画に関する事務をお願いするために、秘書を雇う(ことがある)。雇い止めとの関係で言えば、ポイントは3つ。

1
つの研究計画の期間は2~5年ほど
2
秘書雇用は、教授研究室に紐づいているのではなく、(少なくとも建前としては)研究計画に紐づいている
3
競争に敗れると、雇うための予算がない

から2~5年は雇う約束ができても、ずっと雇う約束はできない。そもそも、5年を超える秘書業務は建前上は存在しないのだ。記事秘書の方は勤続12年だそうだが、建前としては、4つか5つの研究計画実施事務処理を行ってきたはずだ。3年+3年+3年+1年+2年とか、そんなところだと思う。(労働条件通知書には、どの研究計画業務を行うかが明記してあったと思う。確か。だから研究計画の切り替わりの前後での仕事は、書類上は、「従事すべき業務の内容」が違う別の仕事ということになる。たぶん。)

無期雇用にするのが難しいのは、こうした建前の現行システムのせいだ。建前に忠実に従うと、5年以内での雇い止めおかしいのではなく、3年+3年のような研究計画を跨いだ連続した雇用の方が歪んでいることになる。そもそも、「雇い止め」ではない。本来職務は「3年間の研究計画に付随する事務」という時期に限りのある業務で、約束した仕事が終わったので雇用契約が満了するだけなのだ。次年度から新しい研究計画が動き出すかもしれないが、それは別の話。皮肉なことに、原理原則に従うと、雇用の期間は5年よりも短くなり、雇用不安定性は増す。建前上は、無期雇用が相当な仕事はない。誰も得をしない。

じゃあ、どうしたらいいのだろうか。

競争資金に落ちたので、来年度は雇えません」というのが解雇の正当な理由になるのであれば、さらにそのことが各大学執行部の共通認識になれば、無期雇用への切り替えを恐れて5年で雇い止めをする必要はなくなるのではないだろうか。ちなみに、無期雇用は必ずしも終身雇用意味しない。業務が明確に定められていて、その業務がなくなってしまうのであれば、無期雇用者解雇も認められるはず。したがって、「研究計画遂行に係る事務」のみを業務にしていた場合、「競争資金に落ちた」は正当な理由になってもいいと、個人的には思う。労働法務は素人だけど。東北大学教授くらいになると、競争資金も安定して取れるので、本当に解雇が発生するリスクは大きくない。一方で、現実秘書業務研究計画との紐づけが若干緩く、研究計画との関連の薄い研究室運営業務もお願いしていたりするので、そういった所は改める必要があるのかもしれない。

研究室秘書雇い止め類似問題として、学科の有期契約事務職員の雇い止めがある。秘書業務は建前上は研究計画に紐づく期間に限りのある業務から研究計画の終了で雇用契約が終わることも止む無いが、学科事務は恒久的に発生する仕事で無期雇用が相当だと、個人的には思う。また若手研究者雇用不安定性の問題もある。

※ 今回報道された問題は、全国の大学で目にできる、ありふれた問題だ。また新しい問題でもない。2012年の段階から議論されてきている(例えば http://d.hatena.ne.jp/scicom/20120422/p1)。

  • 政治家が落選した時の秘書の解雇は正当であるか問題

    • 公設秘書だったら当然解雇(議員じゃなくなったのなら金出るわけない)じゃね?

    • そりゃ研究室がつぶれたら解雇しても仕方ないんじゃないの

  • 予算がないというのは端的に嘘だよな 無期雇用になるのが嫌で雇い止めをするんであって、有期雇用なら雇い続けるんだから

  • 話が根本的に歪んでるな 2~5年程度のプロジェクト制のはずがそれ以上の期間業務をやらせている時点で有期の要件を失っているわけ これじゃブラック研究室としかいえないわな

    • じゃあ2,3年で首にしてどんどん他の人に入れ替えればいい、って事か その方がブラックじゃね?

      • 本当に特定の研究計画に必要な業務のみをさせるならそれでいいんじゃね だがそれ以外の業務を少しでもやらせるなら労基法違反なのは大学なんだよ

        • まあそりゃそうだな でもそうなると下っ端の研究者やら院生やらがその業務をする事となるが

          • だからそれがブラック研究室そのものだっての >下っ端の研究者やら院生やらがその業務をする事

            • 本来は秘書業務を行う他の人間を雇うべきなんだろうが、その予算がない。 予算を出すなら大学の運営費から出すしかないが、どこも予算を削られている中でどこからその金が出るのか...

              • それまさに違法労働企業の論理 必要な業務をする人員を雇うのであれば捻出しろ 本当に徹底的に会計見直したのか?

  • 秘書が「研究計画の遂行に係る事務」だけをやってるわけないんだよなぁ

  • skasuga このロジックは「スター教授が一人だけいるけど、その人がコケたら誰も大型研究費を取れない」小規模大学ならそうなんだけど、東北大学でそれは単なる建前だよね。 秘書っ...

    • >秘書って研究室についてるんじゃなくて教授についてる ところが実際は研究室運営の大部分をやってることが多く、秘書に引き継ぎしてもらわないとまともに事務もできないのが実情

  • anond:20171118054234 15年に分子生物学会がやったガチ議論ってやつで答えが出ている ポスト数ですが、法人化時に大学が財務省から得た「承継ポスト」の数に縛られている、ということか...

  • mouseion 東北大学のあるノーベル物理学賞候補の一人として注目された某准教授は東北大のせいで自殺を余儀なくされた、というのはあまりにも有名な話。労働環境として機能してないば...

  • 前にいた大学でもこれが問題になっていた。 最高裁でいわゆる雇止め法理の判決がでて、5年以上雇った時に全員を無期雇用に変えるリスクが出てしまうので、 うちの大学では判決が出...

  • 昔は事実上の無期だったんだよ。 書類上は1年契約とかでも毎年更新で、研究室の誰よりも古株なんておばちゃんがごろごろいた。講座の主状態の。 それで問題なかったんだが、「非正...

記事への反応(ブックマークコメント)

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