はてなキーワード: フィーリングとは
昔、八年くらい前、自分のことだまでお金を貰ってみたいって憧れがあって、公募がたくさん載ってる雑誌を買った。何かの賞に応募しようと思って買った。はずなんだけど、何故か懸賞ものだけ応募して(ジュース)、しかも当たっちゃって(ジュース一箱)、それで満足して終わってしまった。ジュースは飲み切れなかったからご近所さんに配った。
その数年後、色々あって、ちょっと雑誌の記事書いてみませんかっておひゃーがあったんだけど、たまたま超絶どん底フィーリング期だったもんでやむなく音信不通にしちゃって、当然お流れちゃんちゃんになった。
去年くらいに知り合いの人が小説書いてあっさりデビューしてたの見て、じゃあおらもやるだー的な軽いノリで何か書くことを決意して、そういうの募集してるとこ探すのはそのうちやろうと思って、そして現在に至る。今こそそのそのうちだ!みたいな気持ちになったからぐぐってそのそのしてる。
でもやっぱ実際にお金の表記あると怖気づくね。今増田に書いてるこの文も、読んでくれる人がいるならむしろこっちがお金払わないかんような気になってくる。八年前もそんな気持ちでジュースに走ったんだろうなあ。決してジュースたっぷり飲み放題に惹かれた訳じゃなく。断じて。
ちなみに長めの小説は書くどころか読んだことすらないので、さすがに本気で入賞する気は無い。チャレンジ精神の先走り自体を楽しむ感じ。いいだけ楽しんだら、適当に落選って現実を自分に見せておしまいにしようかなとか、そんなアバウトな未来予想図殴り書き。でも怖気づいちゃ世話ねー。ちゃん。
とりあえず応募するしないは置いといて何か書こう。たぶん書くだけで満足して寝られる。子守書き。
スキル引き継ぎをしない事で、万能キャラを作れないようにしたのは買ってるんですよ。
これ、縛りプレイとか面白いかな、って。
でも、それを生かしきってない。
(ジャンルもアプローチも違うけど、ゼルダの方が何倍もマッピング手書きに関しては成功してる)
でもどうしても頭打ちシステムの良さが見出せない。
勿論ワビサビなんてフィーリングの問題で導入するはずはないんですよね。
唯一考えられるのは「キャラを使い捨てにしやすい」という事くらい。
でも、枠が沢山あるんだから、それもシステムとして生かされているとは思えないし…
後段って、キャラ絵の事かな…
ううむ、もうちょっと頑張って人文学を肯定して欲しかった……。
なお人文科学はそれ自身が人間を研究テーマにおいており、表現する際に用いる言語が数学(数式)ではないため、
文学の一番良くないところだと俺は思う。
「まあ曖昧だけどここはこう読むべきなんだよ。根拠? フィーリング!」とか
「なんか曖昧で俺には良く分からないけど、
とりあえず偉い人の書いた文章だから凄いんじゃね?」
という不健全な態度に繋がる。
むしろ文学は正確さを目指すべきだし、本当に凄い文学作品はかえって正確で、
これしかない! というふうに感じられる気がする。
それで、文学が正確に表現しようとしているものって何?
と聞かれれば増田がさんざん言っているように感情や人間性だと俺も思うのだが、
じゃあ感情とか人間性って何よ?
なんで(増田の主張によれば)自然科学(還元論)だとうまく扱えないわけ?
という突込みが当然入る。
感情とは何かって、もちろん楽しかったり悲しかったりすることだ。
でも単に楽しかったり悲しかったりするだけなら、難解な文学表現なんて不要で、
単に「楽しい」「悲しい」とか書けば済む。
「悲哀計」みたいな道具があって感情が量れれば、
「俺悲しすぎて今朝360mmHgもあったよ」という正確な表現もできるだろう。
が、もちろん感情はそんな単純に扱えない。
なぜなら、それぞれの感情は全部独自の今だけココだけあなただけのもので、
コンテキストから切り離して(還元して)扱うことが本来はできないからだ。
例えば、
非モテの三十路越え男性が初めて女性に告白されたときの喜びと、
モテ20代前半男性が何人もの女性を乗り越えた末に理想の相手と巡り合ったときの喜びは、
それぞれまったく違う。
で、文学が伝えたいのってそういう《ある感情(人間・情緒)が他とどう違うのか》ということだと俺は思う。
その違いを表現するために、
小説みたいにコンテキスト(人物の過去とか考え方とか)と一緒にしてみたり、
言い方を色々変えてみたりする。
文学は違いを明らかにするものだ、と俺は思う。
で、翻って自然科学を見ると、目指すところがちょうど逆。
自然科学はむしろ、違うように見えるものの間に一般法則を探す、という考え方だ。
多種多様な現実世界をより少ない(しかし十分な)情報量で表現できれば勝ち。
自然科学は同じところを探す。
で、文学も自然科学も、方向は正反対だけど、同じくらいマジになって人間を探求していると思うわけだ。
それぞれ相反しているということも無いと思う。
自然科学が極まって、あらゆる人間の行動が予測できるようになったとしても、
ぶっちゃけ小説だって最後まで決まった筋しかなくて、それでも感動できるんだし。
コンテキスト同士をぶつけてその人だけの読解を作る。
創作物だから、文学作品のように良し悪しを評価することはできる。
良い読みなら多くの人に共感されるだろうし、悪い読みなら否定される。
でも、だからといってテストのような方法で評価するのは多分間違い。
図画工作の授業で、先生と同じような絵を描いた人ほど高得点、という評価をするようなものだから。
本当は読書会のように、それぞれどんな風に読んだか・なぜそう読んだか、を話し合えれば良いんだろうけど、
大の大人でもなかなか難しいことだからなあ……。
実際は自然界をはるかに超越していて、現実世界に応用できるのはたまたま偶然。そこが数学の凄いところ。
(物理学の要請に従って数学が進歩した例はあるけど、それでも自然界から独立した体裁を取り繕うハズ)
196883次元の空間で回転する球が……とかいう話をどこかで聞いて萌えた。
連日の長文スマソ。
へーそうなんだと思って、目の前にあったメモ四つ折りにして、フィーリング任せにじょきんじょきんじょきんとはさみ入れて、ぺらぺら三角四兄弟作ってしばらく戯れてた。どうしても四面体にならなくて悩んでたんだけど、よく見たら一箇所鈍角だったばか。馬鹿にも程があるばか。四兄弟作り直したらちゃんと四面体になった。
証明ってどういうことやるのか、もうさっぱりすっぽり忘れちゃったけど、このセロテープで止めた合体兄弟にカッター入れて展開図にして、「ほらこの辺とこの辺長さおんなじでしょ、で、そうするとこことここおんなじで、余ったとこがうまいことこうなるから、ほーら四面体!」とかやることは可能だと思った。誰にもやらないしやれないけど。
誰かを死ぬほど好きになって、それしか考えられなくなったことはある。
一度だけ。
経験してないわけではないのだ、一般に言う「恋愛」という概念を。
しかし、「恋愛」することができない。ここ2年間ぐらい。
どこかに忘れてしまったように、
その「恋愛」という感情が発現することがなくなった。
「大人になった」ということかもしれないし、
「悟りを開いた」ということかもしれない。
でも悪いことじゃないと思うんだよね、「恋愛できない体質」って。
だって「恋愛」しちゃうといろいろ疲れるし大変じゃん。
鬱になるし失敗増えるし。
「恋愛」において「相思相愛」なんて、惚れっぽいもの同士の戯事なんだよ。
すぐ冷めるんだよそんなのは。
そうじゃなくて、お互いの利害をマジで考えて、
この人が自分の人生でベストだ、という人に当たって砕けたいね。
それが「愛」だろ。無償の愛ではダメだと思うんだ。
それは絶対疲れて別れてしまうから。
ギブアンドテイク。そしてよくコミュニケーションをとること。
それが愛を持続させるんだ。
だから、まずは自分と話が合ったり、フィーリングが合う人を見つけたほうがいい。
と、彼女いない俺が助言してみるよ自分自身に。
理解したくなる人になることです。
理解は、愛。愛が欲しければ愛されるようになるしかない。
適度に磨きつつ、フィーリングの合った人を愛せば、愛されるんじゃない?
または、運がよければ無条件に受け入れようとする奴も現れる。
俺はいま、そんな相手に突然恵まれて必死。
もしこの文章を読んでる君が14歳だったら、まず最初に伝えたい事があるんだ。これはとても傲慢で自分勝手なのかもしれないけど、僕が君の歳のとき、こんな亊を言ってくれる大人が側に居たら、寄り道なんてすることはなかったかもと思って、今書いてるところなんだ。
君にはもの凄く一方的に移るかもしれないし、説教臭く聞こえるかもしれない。もしかするとピンと来ない話かもしれない。それでもどうか、最後まで読んでくれれば。
まず、最初に告白しておくと、僕は未だに人が怖い。だから今でも人付き合いはどちらかというと苦手なんだけど、それでも僕は人を信頼している。
君には変に聞こえるかもしれないね。でもこれは僕の偽らざる本当の気持ちだ。でも反対に君は内心、周りの人間を小馬鹿にしているかもしれない。
もっとハッキリ言えば、周りの人間を見下しているのかもしれない。そして世の中は下らないなんて、本気で思っているかもしれない。
確かに、ある意味ではそうなのかもしれない。
お世辞にもこの世は素晴らしいことばかり、なんて言える自信は僕にはないし、保証なんてする気はサラサラない。その言葉はある意味では真実だ。
でもちょっとそこで結論付けてしまうのは待った方がいい。
僕が小さかった頃は、自分の行動範囲でしか周りを見ることができなかった。
小さい頃はせいぜい歩いて10分が行動範囲だったし、自転車を乗れる様になってからは大体町内とか市内が行動範囲。それ以外を知るとなると、テレビとかで受動的に知るしかなかった。
当然ながら、会う人、話を聞ける人も物理的な制約に制限されてた。
でも今はどうだい?今は違う。君はある意味では恵まれている。ネットがあるからね。世の中は全然下らなくなんかない。
例えば、はてなとか覗いてみたら、凄い記事とかゴロゴロ転がっているし、ニコ動とかでも凄い動画はたくさんある。他にも凄いものを作っている人はいっぱいいる。
これを見て、読んで、聴いて。それでもまだ人は下らないなんて言うつもりかい?
こういうのを作ってる奴らが何も聖人君子であるとか、そういう事を言いたいわけじゃない。違うんだ。君と同じなんだよ。かつては君と同じ14歳だったんだ。
知らない人をあまり無闇に信用しないというのは、果たしていいことなのかな?そんなに人間ってどうしようもない生き物ものなんだろうか?
これが簡単に答えられる類のものではないのは重々承知している。しかし何にせよ、まだ早急に結論付けるのはあまりに早すぎるんじゃないかな。
君はもっと人を信頼していいと思うんだ。中にはどうしようもない奴だっているかもしれないけど、それでも世界は凄い奴がゴロゴロ転がっている。
君は親父とかの働いている所を見たことがあるだろうか。僕は一度もない。
僕の知ってる親父は、朴訥で、やたら子煩悩で、休みの時は必ず息子を連れて登山に行くような人だった。けど僕は親父が具体的な仕事の話をしているのを聞いた事がないし、働いている姿も見たことが無い。
有りがちな話だけど、子供のころは社会を知ることが無かったんだと思う。
社会と言えばそれは例えば、新聞の中に書いてあるような事だけだった。他の大人達の働く話なんて、全く聞く機会もなかった。
そういう意味で、なるべくして良く言えば純真に、悪く言えば物を知らずに育ったのかもしれない。
これが果たして僕にとって良い事だったかと考えると、必ずしもそういうわけじゃないんだ。むしろ、もっと知っておけばよかったって。
大人の世界を知っておいて悪いことなんてない。君もいずれは大人の世界に身を置くことになるんだからね。
学校の中だけが全てじゃないんだ。当たり前じゃないか、って君は思うかもしれない。でもこの事は体感する必要があるんだ。
学校の世界は、数ある内の一つの世界に過ぎない。そこに居場所を確保しようとするのは、決して悪い事だとは言わない。でも、のめり込みすぎてもいけない。
抽象的な物言いをすれば、過剰適応となるだろうか。学生時代の友は一生の財産にもなりうる。でも学校だけで君の人生が終わるわけじゃないんだ。その後も広大な世界が君を待ち受けている。
その事を決して忘れてはいけない。怖がらせるようですまない。そんな先の事なんて考えたくもないって思うかもしれないね。
でも政治家みたいにそういう事を先送りにしておくと、碌な結果にならない。じゃあどうすればいいのかって君は思うに違いない。
実際学校と社会はあまりにも遠い。これは僕達大人の責任でもある。
でもそんな風に不平を言ったって仕方がない。とりあえず僕はネットで大人の世界を知る事をお勧めする。世の中には色々な人が居ることが分かると思う。
僕が子供の頃と違って、ほとんどの人が何らかの形でネットを使っているし、そこでは色々なコンテンツが作られている。
例えば君はサラリーマンなんてどれも変わらないって思ってるかもしれないけど、普通のサラリーマンだって千差万別だ。
とにかく数えきれない程の職業に従事している人が居て、又数えきれない程の生き方がある。ちょっと探せば、すぐにそういうのは見つかるはずだ。
是非そういうのに触れて欲しい。職業だけじゃない。世の中に起きている色んな問題に首を突っ込んでみようよ。知らない世界を知るっていうのは、想像以上に面白いことなんだ。
別に今から就職活動を始めるとか、社会参画するとか、そういうスケールの大きい話じゃないんだ。
ただ、君がそうして触れた生き方は、君が真剣に将来を考えるようになると、多分凄い助けになるだろうから。
これは必ずしも必要ないのかもしれない。ある種の生き方には不要なのかもしれないけど、それでもやっぱりできれば、身につけて欲しいと思う。
君はもしかしたら、学校のテストでは高得点を取れるかもしれないし、それさえできれば問題無いって思ってるかもしれない。
それも大切だ、確かに。でもそれだけじゃ、自分の意見とかが言えない、そういう状態になってしまう。
自分の言葉を持つことは、大切な事だと思うんだ。極端な話、学校では、自分の言葉なんて持たなくても、やっていける。
でもそれは学校だけでの話だ。前にも言ったけど、学校の後にもそこに茫漠と人生って奴は横たわっているんだ。
そこでは自分の言葉が無ければ、自分がどんな人間か伝えるのに、苦労する。結構シビアな所なんだ。だから今の内に磨いておいた方がいい。
でも、どうすればいいかって言っても、自分の言葉というものはそんな直ぐに身につくものじゃない。長い研鑽の果てに身につくものだ。
こう聞くと何だかとても辛い事の様に思えるかもしれない。でも、そんなに複雑な事ではないんだ。これは今からの君の心がけの問題だ。
今から言う、二つの事に気をつければいい。それは、問いを立てて考えること。色んな言葉に触れる事。それだけだ。
何も難しいことじゃないけど、なかなかこれをしようとしない人って多いんだ。
中でも問いを立てる事は凄く大事だ。「どうしてこうなるんだ」と問いかけないと、自分の世界は広がらない。それを真摯に考える事だ。
中には考えても、なかなか自分の中に腑に落ちる答えが見つからない事だってあるかもしれない。でも、決してそこで歩みを止めちゃダメだ。
全ての問いに答えが見つかるなんて考えるのは馬鹿げている。学校のテストと違って、答えの見つからない事の方が多いんだから。それでも考えるのを止めないこと。
そうやって自分の中の問いを大切に扱う事。そして、色々な言葉に触れること。音楽でも、映画でも、漫画でも、本でも。そこに言葉は溢れている。
そこにある考えとか、思いとか、どんどん取り込む事だ。そういう事を続けていると、いつのまにか、自分の言葉で語る事ができるようになる。
これには時間がかかる、確かに。でもそうして自分の言葉を形作る事は、とっても愉しい事のはずだから。
ネットは広大だ。その意味を僕が肌を持って体感するのは、いわゆる普通のレールを踏み外して、ドロップアウトしてからの事。
それからPCに触れる時間も増えていったし、そういったブログに触れるのは必然だったのかもしれない。ともかくネットで色々な物に触れた。
そうして莫大な量の情報に触れる事で、自分の感覚とか、志向とかがどこに向いているのか、少しずつ分かってきたように思える。
必ずしも僕みたいなやり方で無くても構わないけど、そうして莫大な量の情報を得て、そうしてから、将来どうしようとか、これからどうすればいいのかなって考えるのも遅くないと思う。
君の周りの親が進学しろっていうのはそういう風に受け取って構わないと思う。決断は後回しにできるのなら、後回しにして、色んな事を知ろうとするのは、決して悪くない考えだと思う。
それから、面白そうっていう自分の感覚を決して見逃さない事。面白そうなんだけど、周りの目が気になって、中々やり始めるのを決められないかもしれないけど、自分の感覚の方がずっと大事。
誰々がどう言ってたからで自分のやる事を決めない事。自分はこれが面白いって思うから、これやってみるとかでいいんじゃないかな。とにかく、惰性に流されちゃダメだ。つまらないと思ったら止めてもいい。
真面目になりすぎなのもよくない。例えば好きな異性がやってたのを自分もやってみるとか、かっこ良さそうとか、モテそうなんて動機で何かを始めるというのでも全然構わない。フィーリングとかで決めちゃってもいいんだよ。そういう風に自分の感覚を大事にして、色んな事に触れてみるんだ。
当たり前だけど、14歳の君は二度と戻ってこない。ものごとを知らないって言うと、バカにされたりする事もあるかもしれないけど、決して悪い事ばかりじゃない。
そうした状態だと、初めて見る物事が全て鮮やかに見えるから。
そうして手に入れたものは、君が僕の歳になった頃には、大切な宝ものだと思えるようになっているはずだから。
どうかな?伝わっただろうか?伝わっていたらいいなあ。僕だって大人として、上手くやっているというわけでは決してないけど。
それでも、時々考えるんだ。もっと上手くやれていたらって。
僕はあっちこっちぶつかって大人になっていったけど、そんな不器用にやっていくよりも、君には上手くやって欲しいって思うから。
素敵な14歳の夏を。
キャラ萌えっていうか、単純にしゃべり方とか受け答えのセンスとかが好きになっちゃうことはあるよ。そしてしゃべり方とか受け答えっていうのは内面と同じでその人そのものだと思う。言葉の選び方とか、受け答えの「間」とかさ。
逆に、好きな作家が合うから内面も合うのか、なんていうとぜーんぜんそんなことないからね。
どんなに趣味や考えが一致したって内面が合ってるってのとは全く違うし。
もっと言えば、合う合わないなんて、誰と付き合ったってぜーったいに合う人なんかいないよ。それが他人てもの。自分ちの両親見てればわかるじゃん。
どうせ誰と付き合っても合わないならさ、最初のフィーリングを信じてみることだよ。それが現実と違っても、そんなの違って当たり前で、それで怒ったりへこんだり悩んだりしながらそれでも最初のフィーリングを信じて付き合い続けていくのが、男女という名の他人同士でやっていくってことだし、それも両親見てればわかるはず。
ただそこで両親を参考にするコツは、両親そのものを参考にするんじゃなくて、おとんとおかんの「合わなさ」だけを参考にした方がいい。やっぱ男女関係自体も千差万別だからさ、うちの両親と違う感じの付き合いだから嫌だ、ってんじゃあそりゃ誰と付き合っても両親とは違う。でも一つだけ同じことがあって、それは「合わない」ってこと。それでも最初のフィーリングを信じて寄り添うのって、すてきやん?
私は死刑廃止に賛同する。
もっとも、あなたの様に優しくはないし、思慮深くも無いので、フィーリングなのだが。
とりあえず、なぜ殺すのかわからない。
殺人が良いとは思えない。
邪魔だから消すってのも、いかにも安易だ。
仇討ち代行とか見せしめとか言われるが、あまりそういうのは大っぴらにやってほしくない。
殺して無かった事にしたいのか、死んで責任を取った事にしたいのか、そういう、臭いものにフタをする風潮がやだ。
人殺しが許せないのなら殺すのを許すのはおかしい。
人を殺すのはダメ、というのにあまり例外を作ってほしくない。
正当防衛でも、殺さなくて済むなら殺さないほうが良い。
殺す必要が無いのに殺す必要はない。
戦争だから殺しても良いというのは変な話。
だから、人を殺すのはダメ、でよいと思う。
ある要因でもってその人の傾向を決めつけるのはなんなんだろうか。その一般化はなんなのかと。ある一般化された要因のみで何かをする可能性が高いとか、どういう人物である可能性が高いとか言えるものってなかなかないような気がする。
たとえば割とよく見かける、あるひとつの要因での決めつけは、
といったものがあるけど(例が微妙だ)、要因と傾向がそんなに強く結び付いてるように見えないというか、その属性のみが理由になってるように見えない。その要因を持っていれば、他の何か傾向に影響を与える要因を持っている可能性が高いから?それならばそのもっと固有性の高い要因をあげるほうが理にかなっている。一般化が雑すぎる。
ある要因が人に強く影響するっていうのはけっこう稀で、そういう場合は一般化しにくいユニークなケースだから決めつけ的誤解は起こりにくい。ユニークな属性は状況を限定され再現する可能性が高いだろうし、そういう場合はほぼ、名は体を表している状態だろう。しかし逆にいえば、ありふれた属性・要因でもってその人の傾向を語るって言うのはなかなか無理がある。
まあ、言葉の勢いで言ってる人も多いだろうし、本気で言ってる人は少ないと思う。なのでこういう決めつけっぽいことにいちいち目くじらを立てていたらキリがない。ズバリな理由もなく決めつけ的にひとを否定するひとがいたら、多分フィーリングがあわないとか、よくわからないが好きじゃないということを表してるだけだ。あるいはそういったことを言える自分がかっこいいと思っているのかもしれない。
たとえば、法律で未成年の淫猥な図画を排除し、危ない属性を排除すればよいのだ!とかいうひとがいるらしいけど、よほど属性と傾向の関係が強いのでなければ意味がない。関係性を客観的に示していないのなら、理由なんかなくてきっとなんとなく嫌いなんだろう。あるいはかっこいいことを言いたいだけなんだろう。
とりあえず今ボクはかっこいいこと書いてやったぜ!ていう気持ちでいっぱいです。
幼友達と久しぶりに一緒にご飯を食べてきた。
とりとめもなく話をしていて、趣味の話になった。
「私、ひとりで家にいると暇でさあー」
私はひとりで家にいるの大好き。何かしてるとあっという間に時間がすぎる。
しかし改めて考えてみると私と彼女の間には趣味の共通点も、それ以外の共通点もあまりないのだ。
その後一緒に買い物をしてみたけれど、服の趣味も化粧の趣味も違う。
でもそれでいて一緒にいるのは居心地がいい。
大人になってからの友達というのは、何かの共通点があってつながった友達が多くて
一緒に行動する時もその共通点の話題が中心になって盛り上がる。
そういう友達とはやっぱり違うなあとしみじみ思った。
単にフィーリングが合う、という一点で幼友達とはつながっているのかもしれないなあ。
http://anond.hatelabo.jp/20080228130202
まあねえ。
↓こういうのは全然いいんだけどね
ttp://anond.hatelabo.jp/20080221192002
Rubyなら、
http://anond.hatelabo.jp/keyword/Ruby
↑こんな感じです。
FastladderだからインターフェスはFastladderになっちゃうけど。
さっくり、増田をフィリタリングして、好きな語だけを含むのを流し読みするにはいいよ。
フィーリングを聞いてるなら、
雑談とtipsをごちゃまぜにして覗いている感じです。
S/N比がアレだが、2chみたいにたまに宝石が混じっている感じ
つっても、サンプルコードの張り付けとかで、新しいライブラリを知ったりとかの程度だけどもね。
RSSでの取得の仕方は、
上の検索窓で、見たい単語を検索して、
んでそのページのRSSを取得ね。
(Fastladderなんでブックマークレットに突っ込む)
ストレス耐性と頭の回転の速さ見てます。すべての面接が圧迫だと問題あり。
209 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:06:08
志望動機とかどうせデタラメだということは分かってると思うけど、何でそんなに重視してんの?
211 :君、採用。:2006/04/19(水) 19:08:41
>>209
社交辞令みたいなもん。加点対象ではないね。
しゃべれてあたりまえ。でも、たまに違う角度で言ってくる奴、働いている立場の担当者と非常に近い視点で話す奴がいるんだ。
そういのは殆どないけど、激ポイント高。
210 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:08:02
自己PRとか聞いてて「ああ、就活マニュアル読んできたんだな」とか感じた場合どうする?
即落ち?
212 :君、採用。:2006/04/19(水) 19:10:01
>>210
最低限の準備はしてきたところは評価される。でも頼りすぎると印象が薄くなって、どちらにしようかな?ていうとき落とされる。
217 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:30:57
「最後に質問ありますか」、ってアレ、ただの時間合わせって聞いたけどまじですか?
218 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:32:24
>>217
俺は当落線上にいるやつを判断する為だって聞いた
227 :君、採用。:2006/04/19(水) 20:00:56
>>217
>>218
質問は?って聞いて「何もありません」はポイント低い。能動的な内容で質問して欲しい
534 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:09:42
面接でそれまでうまく進んでても一つ失言したらそれでアウトとかある?
535 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:31:02
>>534
>>1じゃなくて悪いが、企業ごとのタブー用語はあると思うよ。
友達はある企業である用語をいった瞬間、人事の態度が変わったらしい。
それで、落ちてた…
536 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:38:03
学生時代に頑張ったのは友達との交流→なぜなら友達と一緒なら勉強も遊びもより楽しめたから→社会に出てからも人とのつながりを大切にしていきたい
っていう、実は中身が何にも無い自己PRはどう思う?
544 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:51:00
自己PR=将来の夢
志望動機=貴社が将来やりたいことを学んでいけるから
↑こんな感じで語ればOK?
何か自己PRで夢を語る人ってあんましいないのね。褒められたことあるし。2次の時に、あなたの一次での自己PRを私は今でもはっきり覚えてますって。
3人の面接官の一人が同じやつだった。
>>534
>>535
とりあえず企業がやってることにケチつけるのはNG。聞きたければ、「このお仕事で○○さんが苦労されることは?」なんてのが良いと思う。
>>536
学生の自己PRはどれも中身がなくてあたりまえ。それよりも、その中身の無い自分をいかに魅力的に口頭
で語れるか?がミソです。
>>544
志望動機はなるべく具体的に書いたほうが良い。「御社の今の事業をべ-スに将来こんなことが出来ると思って・・・」とか。
面接官にも夢見せてあげて。
622 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/24(月) 20:07:43
他社状況聞かれるときなんで落ちたと思いますか的な質問されることがあるんですが
あれはなにを意図して聞いてるんですか?
625 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/24(月) 20:22:52
>>624
人事さんに質問です。
どんなところ(何)を評価しますか?
627 :君、採用。:2006/04/24(月) 20:25:51
>>622
自己分析と、その欠点の発見、その修復作業を行なえているか?仕事も求められるのは同じ力です。
>>625
641 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/24(月) 22:00:45
なんて事は良くある?
648 :君、採用。:2006/04/25(火) 00:59:18
>>641
人事の鉄則に「迷うなら採るな」という選定基準があります。「うーん」と迷った時点で「じゃあやめとこう」というのが主流。
やはりフィーリングバトル・・・
650 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/25(火) 01:04:50
おつかれさまです!
質問があります
人事の方に印象のよい受け答えとはどういったものでしょうか?
話し方や内容などなんでもお願いします
651 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/25(火) 01:09:57
>人事の鉄則に「迷うなら採るな」という選定基準があります。「うーん」と迷った時点で「じゃあやめとこう」というのが主流。
マジか。新事実だ。
いや腹立つわけじゃないけど、へぇ〜って感じ。
653 :君、採用。:2006/04/25(火) 01:15:22
>>650
自信を持った喋り方。小手先でどうにかするなら「〜と思うんですよ」「〜と感じています」
ではなくて・・「〜しなきゃいけないと考えてます」「〜であるべきだと感じています」など押しの強い語尾にする。
営業でも使うテクです。
>>651
逆の立場で考えてみてください。経営陣からすれば、大事な利益を供与する同志を探す訳ですから・・・。
553 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 02:15:51
これがやりたいとか明確な目標持って職を選んでるやつなんているのか?
>>553
でも中に目標を定めて邁進することに関して天才的なやつがいる。大抵独立する・・。
678 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/26(水) 01:45:33
人事の方は、コミュニケーション能力とはどういうものだと考えているのでしょうか?
729 :君、採用。:2006/04/27(木) 21:05:50
>>678
相手にあわせて話すことができる。自分の価値観だけで受け答えしない。間がはかれる。
946 :君、採用。:2006/05/15(月) 00:47:04
>>1です。
みなさん自己解決したり、相互の情報交換したりで良い感じかと思います。
上でも何度か書きましたが、やる前から迷っていたり、まだどんな仕事かもわからないのに躊躇している場合が多いと思います。
社会人は皆言うでしょうが、どんなに希望通りの会社にはいろうが、必ずギャップを感じて挫折します。
間違いなく。
これの乗り越え方は人それぞれです。
私の場合、会社の人間関係や、仕事、疲れ、そして上記のような挫折を乗り越えるパワーは、「この仕事は確実に世の中の役に立っている」ということを感じられたからでした。
私見ですが、給与とか、知名度とか、福利厚生とか、安定とか、知名度とか、ステータスとか、それらがどんなに高くとも、「その仕事の大事さ」が全く感じられなければ、腐って辞めていくか、社畜系サラリーマンになってしまうと思います。
数年の引きこもり生活から抜け出したばかりで、泥沼のそこから必死にのぼってきて水面に顔を出したときに、わたしが目の前にいて、たぶんヒナの刷り込みのように一撃で恋に落ちた、彼。
外堀を固めるように、知人友人にわたしに恋をしたことを触れ回り、私はいつのまにか、一度しか会ったことのない彼の恋人、ということになっていた。
普段は、外堀を固めるタイプというのが一番嫌い。他人経由で好意を伝えてくる奴も嫌い。自分で来いよ、自分で、と思う。
でもそのときはなぜかそんなに嫌じゃなかった。嫌じゃないってすごいぞ、って思った。で、だんだんこっちも気になってきちゃったりして、デートすらしたことがないのに既成事実みたいになっていて、じゃ、ってそれに乗ってしまった。
まいにちまいにち、かわいいよ、好きだよ、といってくれた彼。こんなにわたしを好きになってくれる人なんて、あとにも先にももう現れないだろうし、仲人役をかってでた知人の御墨付きもあったし、わたしきっとすごく幸せなんだわって思った、頭で。
付き合い始めてすぐから、いや、実際は付き合う前から外堀固めると言うやり方とか、いろいろ、おいおい、とか「?」とかあったけれど、わたしはいつも仲人さんのお墨付きと、「彼はこないだまで自殺を考えるほど落ちて引きこもっていた人なのだから」と、いずれそういう「おいおい」もなくなるだろうな、と、待ってみることにした。
もと引きこもりの彼からみると、どうもわたしと言う人間は必要以上に自信過剰でいじわるに見えるらしい。どうして何もないのにそんなに自身満々なの? とか、どうしてそんなにいじめるの? とか聞かれた。別に何もしてないのに。でも、そんなのにいちいち腹を立てていたらつかれちゃうし、たぶん、引きこもりから出てきたばっかりで、ビクビクしているだけで、いずれ、いずれ、って思ってた、頭で。
しかしわたしは一体何を待っていたんだろう。
待ってみたけれど、変わらなかった。わたしも理解しようとすらしなかった。昔いじめられていたといっていたけれど、たぶん、彼はいじめられていなくてもいじめられたと感じてしまうんだろう。だって、わたしいじめてないもの。でも、彼はわたしが死ぬほどいじわるだという。でも、一緒にいないと死んじゃう、って言う。
すきだよ、って毎日いってくれたけれど、伝わってくるのは憎しみだけだった。なんで、そんなに憎いと思っている女と一緒にいようとするの? ずっとずっとかわいそう、申し訳ない、と思い続けていたけれど、それにもいい加減疲れて、彼を捨てた。
わたしは、彼と一緒にいた間、すごく悪い女になってしまった気がした。自分のことをやな奴だって思い続けるのって辛い。「センシティブな男を翻弄して無残に捨てた女」みたいになっているもの。いや、客観的にはそうなのかもしれない毛江戸。
彼を捨ててみたら、「わたしがいないとダメ」なんていっていたくせに平気で生きている。心配したり、申し訳ないと思ったりしたのがばかばかしくなった。こんなことなら、最初から、ことばなんて聞かずに彼の態度だけ見ていればよかったんだ。誰かに義理立てしたりするのも無駄だったんだ。
わたし、疲れてたんだなぁ。
分かれた途端ご飯が美味しい。
ハゲも治った。
体重も増え始めた。
これからは、人が何をいっているかより、何をしているかをちゃんとみよう。
それから、最初に感じたフィーリング、例えば違和感、例えばビビビ、そういうのってあたってる。
そういうの大事にしよう。
嫌じゃない = いい
ではなかったのだよ。わたしはばかだった。こんなことされて嫌じゃないってすごいなぁ、と思っちゃったんだもの。
それってバカにしてたんだよね、ある意味。
ということを学んだ。
これ以外何も残らなかったけれど、まぁ、これだけのこればいいか・・・と思い込もう。
くだらないドリームがメニーメニーある。
トゥーサウザントセブンも残りリトル。
ディスイヤーもそんなスモールドリームスの中のいくつかがカムトゥルーした。
あれをプッシュしたと見せかけて、ブレイクするのがドリームだった。
今年ブラックのベンツを購入したので、誇らしげにシャイニーするエンブレムをプッシュしてみた。
軽くプッシュ・・・ドンムーブ。
クレイジーなサウンドを立てただけで、ブロークンしなかった。
ベンツは自分がイメージしていたよりマッチストロンガーなことをファインドした。
「トゥデイはハングオーバーでさー」と言うのもドリームだった。
しかしドリンキングアンドドリンキングしてもなかなかハングオーバーできず、メニーイヤーズ悔しいフィーリングだった。
そしてついに今年ハングオーバーした。
フィーリングがソーバッドでウェイクアップし、洋服のライトサイドはレッドワインで染められていた。
トイレットでボミット、キッチンでウォーターをドリンクをメニーメニータイムス繰り返した。
シリアスにフィーリングがバッドで「トゥデイはハングオーバーでさー」と言うにはノー余裕だった。
結局「トゥデイはハングオーバーでさー」というワードを口にすることはインポッシブルで
「ウ゛ーーーー」とセイするのがやっとだった。