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2017-05-14

[] 長生殿

長生殿(ちょうせいでん)は、石川県金沢市の森八で作られている和菓子である

金沢市名物であり、落雁の最高級品とされる。

新潟県長岡市の越乃雪、島根県松江市山川と共に、日本三名菓の一つにも数えられる。

  

紅白落雁一種であり、材料四国産の和三盆糖北陸産のもち米を用いる。

昔は落雁の中に胡麻も入れていたが、現在は入れていない。

出来上がった落雁は、小堀遠州の直筆の“長生殿”と彫り込まれた木型で打ち上げられている。

ちなみに、菓子名前は唐の白居易長恨歌」の末章:「七月七日長生殿、夜半無人私語時。」より、唐玄宗楊貴妃

七夕に愛を語りあった場所である長生殿から由来しているとされる。

  

長生殿は加賀藩3代藩主前田利常より七夕のための落雁を作ることを命ぜられた三代目森下屋八左衛門(森八の前身)によって

作られた。茶道遠州流開祖である小堀政一遠州)の助言により、菓子に篆書で「長生殿」の文字が彫り込まれている。

命名も小堀による。

後水尾天皇にも献上され、前田から徳川将軍家にもしばしば献上された。明治以降もしばしば宮内省に収めた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%94%9F%E6%AE%BF_(%E8%8F%93%E5%AD%90)

2014-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20140615194945

おもしろ

容姿の遺伝の仕方に非常に興味があってかなり研究した

結果もちろん美男美女同士の子供は高い確率で美形の子供が産まれる

8割ほどの確率があるそうだ

で美形xブサイクの組み合わせの場合なんだが

これが5割ではないようだ

なぜなら美とは全てが正しい状態だから

1つのパーツ間違えただけでブサイクになるからブサイクのが圧倒的に有利ということ

そしてごくまれにブサイクな組み合わせに奇跡のような子供も産まれる

ジャガー夫妻と二丁拳銃小堀夫妻である

2008-07-20

自分探しが止まらない」 速水 健朗

面白かったッス。

資料まとめただけとか、主張がないとかいう批評が多いけど、おまいらどこに目をつけとるのかと。

著者は、中田英寿の「引退と旅立ち」から筆をたて、「あいのり」「須藤元気」「イラク人質事件」といったアイコンから「現代特有の自分探し」の様相をつまびらかにする。

そして、自分探しルーツをさまざまな資料をもちいて探し当て、現代にいたるまでの自分探しの変容を記していき、こうした自分探しが生まれた原因と、それを食いものにする産業構造を告発する。

労作だと思う。

ここまで資料と史料を駆使して、「自分探し」に切り込んだ本はなかった。

なぜ自分探しはとまらないのか。

それは、著者自身がふれているように、また大澤真幸の「不可能性の時代」でも指摘されているように、近代において「個性」であるとか「自己実現」「かけがえのない自分」といったものが異様なまでに称揚されてきたことにあると思う。

普通であることは凡庸とみなされ、多くの人が「何かになるよう」に「強要され」たえざる不安の中で生きることになった。

政治財界マスコミ、多くのリソースがそそぎこまれ「不安な個人」を形づくった。

そうした「不安な個人」はちょっとつつけばすぐに「自分探しという病」にからめとられる。

自己啓発セミナー」や「我求館の杉村太郎」、「ワタミグループ労働スタイル」など、それぞれに自覚があるかないかはともかく、「不安な自己」をくじいて、過剰なポジティブシンキングで「どこかにいる自分」を目指して走らせるというスタンスは「自分さがし業者」に共通する。

この手法の始祖をニューエージやニューソートに求めた著者の指摘は概ねただしいだろう。

そう考えると、「自分探し」は近代の先進国に共通する宿痾といえるのかもしれない。

では、自分探しは悪なのか。

著者にはこうした自分探しにはまる若者を嘲笑するスタンスが見え隠れする。

私もそうだ。

自分探し教徒のみなさんを嗤っている。

でもちょっぴり羨ましかったりする。なんだか楽しそうだしね。あのテンションの高い人生は。

けど、「自分探しが悪」とは言い切れないと思う。

自分探し」と「よりよく生きるための努力」は紙一重だからだ。

ただ、化粧やダイエットからはじめればいいのに、いきなり美容整形に手を出すような「自分探し」は危険だと思っている。

とりわけ悪徳業者にその「自分探しによる生きがい」をいいように利用されているな事態は問題だと思う。

手段である「自分探し」が目的化したとき、「自分探し」は病に転化するのだ。

著者はこうした自分探しへの処方箋として「前向きに生きること」なんてのを掲げている。

ちょっとそりゃないだろうって気がする。

多分「自分探し」のカーネルがなんだかを探求しつくせずに、自分探しの様相を総覧的にまとめあげ、そのルーツニューエイジとかに局所化しすぎたからそんなしょぼい結論しかでてこなかったんじゃないかと思う。

アクセル全開に人生を突っ走り「無限遠の彼方にいる自分」を探すのでもなく、「そのままの君でいい」なんて甘言にのせられて「そのままの自分」を探しだすのでもない、「宙づりの自分」に我慢できる第三の道が、自分探しにからめとられない生き方のヒントだと思う。

それってなんだよ。

具体的にいえよといわれても、私も思索の途中です。

すいません。一生答えなんて出ない気もしますが。

けど、「闇金ウシジマくん」の<サラリーマンくん編>の主人公医療営業の小堀が全てを失ったあとに達した境地がヒントになるような気がするんだけどね。

(あれって「小さな成熟(苦笑)」?・・・)

2007-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20071114140448

子供4人

正確には5人。次男の森不律(Fritz)は生後半年で亡くなっている。彼を除いた簡易家系図を書くと

読みの後ろに「*」が付いてるのが鴎外自身の命名。そうですねー。鴎外はいま流行の「姫空梓(ぴくしー)」とかDQN命名の元祖なんですねー。Jaquesとか、もはや字自体がヤバいしw 自身の本名「林太郎」がドイツ人に正しく発音されなかったことがコンプレックスだったとか。

しかしまぁ。みなさんDQNネームに負けず、旧帝大早慶出ばっか。孫の代まで見てみても、まず8割方著作がある。偉大な家系ですわ。

歴史青年期あらゆる希望を胸に、いきりたって人にケンカ(論争)をふっかけた鴎外。

 以後官僚として栄達をのぞみ、ドロドロした権力闘争にも身を置いた鴎外。

 歴史…それは男の当然の生き様であるが、晩年のわずか五年間、鴎外、

 栄達がのぞめなくなると急に肩の荷が降りたのだろうか?

 小説家森鴎外俄然輝きを増す。

 彼は負けたのだろうか? 男の生涯、ただの男になって死に様を見つけた。」

                         エレファントカシマシ / 歴史

 
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