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2017-02-21

恋愛離れの原因は「男らしさ」「女らしさ」というレールが無くなったからでは

ほとんどの人間は「男らしさ」「女らしさ」というフォーマットに沿わないと恋愛ができないんだと思う。

大昔の時代は「男らしさ」「女らしさ」の価値観が強固だったんじゃないですか。

相手は男だから強さ逞しさを求めていい」「相手は女だからお淑やかさを求めていい」…的に

相手に「男女像」というもの求めてることが、まあ、許されていたんじゃないですか。(そりゃパーペキに許されたとは言わないけどさ)

「男だから~」「女だから~」と価値観押し付けることができた。

しか現代はどうだ?ジェンダーフリー男女平等、反セクシズム。

基本的相手に「男らしさ」「女らしさ」を求めるのはアウトな価値観時代です。政治的に正しくないです。ポリでコレじゃないです。

相手が男だからって強さ逞しさを求めてはいけない」「相手が女だからってお淑やかさを求めてはいけない」

…これを破る者は基本的モラハラセクシズムハラスメンターです。

要するに『相手に「男らしさ」「女らしさ」とかカンケイなく一個人として見るべし』…というのが現代における恋愛規範と言えましょう。

が、これこそがまさに、恋愛難易度を爆上げさせてしまった要因なのではないか、と思う。

簡単に言うなら「相手を読み解くまでのコード多すぎる」

上記の通り大昔は「男らしさ」「女らしさ」というごく単純なコードにより、ある程度は相手のことが『分かりやすかった』(そりゃパーペキ単純化されてたとは言わないけどさ)

だが「らしさ」というもの忌避される現代では、「相手を読み解くコード」が非常に複雑難解と化しているのだ。

相手が○○だからって××と思ってはいけない」「△△と決めつけてはいけない」「■■と扱うな」

あぁ^~コードが分かりづら杉るんじゃぁ^~…トライアンエラートライアンエラートライアンエラーブライアンエラー

…もういい、疲れた恋愛ってめんどいしいいや…

…って感じが昨今のありがちな恋愛離れ像だと思うのですよ(←すげえ単純化してんな)

結局ね、逆説的に言って大昔は「男らしさ」「女らしさ」というもの保証があったからこそ、

万人にとって恋愛はある程度単純化されていて、参入障壁が低い文化であった…と思うんですよね。

いや、上記を読んでムカムカする人がいるのは分かりますよ。おまんら「男らしさ」「女らしさ」に頼らんと恋愛もできんのかいシバくぞワレ!?

でもね、でもね…そういう「男らしさ」「女らしさ」に頼らなくても恋愛できるあなた方は「恋愛強者」なんですよ。

でもその「恋愛強者」は、正直すっげぇ少ないと思うのですよ。残念ながら。

人間というものほとんどが「恋愛弱者」で、「男らしさ」「女らしさ」に頼らないと恋愛できない。

しかし「男らしさ」「女らしさ」に頼ってはいけないとなったら、「恋愛離れ」に至るしかないのですよ。

悲しいけどこれ現代ナノヨネ(チュドーン スレッガーサーン!!!

いやいや、誤解せんでほしいんスけど、このエントリの主張は

「大昔の男差別社会に戻るべきなんじゃ~~~!」とかそんな極端な保守主義者みたいなことを言いたいわけではないデスよ。

私はむしろ男女平等な世の中を望んでおります

あと、「なんでそんな恋愛離れを嘆くのだ。恋愛しなくても別にいいじゃん」と意見する人もいるだろうが、それはとりあえず後のお話

ただ、言いたいのは、「男女平等を推し進めたか恋愛する人が減ったんじゃね?」

男女平等恋愛ができるのは少数の恋愛強者のみ。大多数の恋愛弱者は「男らしさ」「女らしさ」に縋らざるを得ない」というだけの話。

恋愛人口男女平等トレードオフ

男女平等を推し進めよう!その上でみんな恋愛しまくろう!」なんて無理無理カタツムリ

●『男女平等推進!それで恋愛する人が減ってもしゃーない!』か

●『恋愛しまくろう!男女平等とかどーでもええんじゃい!』か

どっちかしかないんじゃないか?…というだけのお話

 
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