2023-09-10

親について

年子どもが産まれた。

育児は大変だけど子ども可愛い

自分が親になってから自分の親ってどうだったっけと考えることが多くなった。

考えれば考えるほどもやもやしてしまい、すっきりする方法がわからないのでここに書いてみる。

自分家族構成

・父

・母

・姉(歳が10ぐらい離れている)

自分

・妹(歳が5ぐらい離れている)

両親はいたが、色々問題があった家庭だったと思う。

父親仕事での怪我や元のメンタルの弱さが影響し、自律神経失調症のようなものを患っていた。

ヒステリックで激昂することも多く、怒鳴り散らしたり、殴られたり、寒い中外に出されたりすることもあった。

朝ごはん中にいきなり苛立って、果物ナイフテーブルに突き刺したこともあった。

自分小学校低学年か中学年ぐらいの年齢だったと思う。

またギャンブルをしていて、お金を家に入れなかったり、私が祖父母からもらったお年玉を盗んで使ったりしていた。

母親は父の状態の悪さや、父の実家からの扱いの酷さに嫌気がさし、

父が仕事夜勤の時はいつも家を空けていた。

これも自分小学生の時だと思う。

朝起きると母の姿と母の車がなく、母がどこかで死んでいたらどうしようと泣いていた。

昔なので携帯電話はなく、連絡手段がなかった。

環境の悪さの元凶は間違いなく父親である

しかし、自分の心のもやもや母親言動に起因するものが多い。

小学校低学年の自分を家に残し、よく夜空けていたためひとりぼっちだった。

・妹と私の誕生日は日にちが近く、妹のほうが日数が数日早い。そのため誕生日のお祝いはまとめてand妹が中心and自分誕生日の日にはお祝いの言葉プレゼントもなかった。

・「妹は親と一緒にいれる時間が少ないから、出来る限り一緒にいてあげたい。色々なものを残してあげたい」が母の口癖。

母親は人の話を最後まで聞くのが苦手で、よく途中で被せられた。それが重なって、あまり自分気持ちを言うのが得意ではなくなった。

気持ちを言うのが得意でなかったけれど、中学年の時に母と揉めて「お父さんはギャンブルで家におらず、お母さんは妹と出掛けてしまって寂しかった」と言ったら、「そんなのお母さんだけのせいじゃない」と言われた。

高校生の時、両親が離婚した。離婚後は母と暮らすことをえらんだが、内縁男性との同居も始まった。夜ごはんの時、母は内縁男性と話すことに夢中になり、私が話しかけても無視されていた。

などなど。

父や母に感謝できること、してもらった恩などはたくさんあるはずなのに、

今思い出すのは悲しい思い出ばかりでつらい。

思い出す度に、絶対にこんな悲しくて寂しくてつらい思いは自分の子どもにさせないと強く思う。

親の機嫌が子ども人格形成に大きく影響することを身をもって知っているからこそ、

自分育児で余裕がなくなって何か悪いことを子どもにしてしまうのではないかと怯えている。

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