2020-07-05

スポーツ差別

まず私はスポーツが苦手で、主に学生時代に嫌な思いをしてきたことについてスポーツに対しておそらく逆恨みしています

スポーツ界での人種差別などの問題を度々耳にする。

特に何かプロスポーツを視聴していたりはしないので詳しいことは知らないが、業界の方々がそうした問題に対して懸命に取り組んでいるであろうことは、何となく分かる。

業界の中での問題への取組みは実に結構だと思う。

だが、何だか、外の世界に対して、「スポーツ界は人種差別を無くすことに貢献している。皆さんは私達に従うべきだ。」と言ったPRには、はっきり言って感情的には何かすごい腹立たしいものは感じる。

差別とは本来人間の優劣に関わらないステータスについて、優劣をつけることだと思う。

肌の色がAの人はBの人より優れている。

国籍がAの人はBの人より優れている。

男性の方が女性より、あるいは女性の方が男性より優れている。

身長が高い人は、低い人より優れている。

スポーツ界が賞賛助長している「運動能力が高く、相手をただ身体的に打ち負かした我々は、相手より優れている」という思想がそれらと何が違うのか?

そうした思想を外の世界にもばら撒いている連中が一体どういうつもりで、外の世界に対して反差別などと説教を垂れるのか?

人種差別はいけない。あっ、でも運動能力に優れている我々は劣っている連中より優れた人間から」というメッセージしか聞こえず、また、どうしても咀嚼できない。

別に運動能力が高いことが優れているなどとは言っていない。優れたプレーによる感動を与えているだけだ。」というのは詭弁に過ぎない。

肌の色や所属する国にだってそれぞれ良い所はあるだろう。

だが、肌の色や国籍などについて、蔑むことはしないでも、一部のステータスの人々のみ賞賛することが差別ではないというのだろうか?

スポーツ界の人々は運動能力の優劣が人間の優劣と言っているわけでは無い、勝手勘違いする連中が悪いとでも言うのだろう。

だが例えば未成熟子供達が運動能力の高さを徹底的に賞賛しているスポーツ番組を見て、「俺は運動能力が優れているから、運動音痴のあいつより偉いんだ、だから傲慢に振舞っていんだ」とか「運動音痴の自分ダメ人間なんだ」という思考を植えつけられていないとでも言うのだろうか?

勘違いする子供達が悪いとでも言うのだろうか?

以上のように思うのは、もちろん、他人説教されたくないという感情が主たる原因だと思う。

ただ、どうしても自分には、いわゆる不当な差別的な感情と、スポーツなどといった他人を打ち負かす行為を称賛する感情を別のものであると捉えることができない。

おそらくはそれは私自体が悪しき価値観を持ったどうしようない人間であるからなのだろう。

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