事前連絡した時、
「当日は夕方前には帰られるでしょうから、(前泊なので)前日に軽く食事でもしましょう」
と言われ、俺が行くことを口実に「一杯頂こうという腹か」と思っていた。
俺は酒がそんなに強くは無いが、お付き合い程度なら問題ない、そう考えていた。
夕方待ち合わせ場所に早々に着いたとの連絡が有り、急いで出かけていった。
このお店は或る肉料理が有名との事で、早速塊肉を1人1本頼む事となった。
これがめちゃくちゃ旨い。肉にかぶりついたら放せないし、酒もがんがん進む。
いまどきどんな肉であっても、刺身は危険を伴う。カンピロバクターってやつだ。
他にも焼き鳥が運ばれてきた、当然それをぱくつきながら、酒もがんがん頂いてしまう。
「増田さん、もう一杯頼みます?」を何度も繰り返され、断ればよいものを、
夜中、ビジネスホテルのベッドの上で気が付いた。
「えっ!?何で、俺はここにいるんだ?」
記憶喪失になった人が病院で目覚めたりすると、病室で会う人に対して、
まさにその状態だった。
何が起きたのか分からず、感じるのは恐怖だけ。
シャツや、ズボンは椅子に引っ掛けてある。風呂に入った様子は無い。
げろを吐いた様子も無い。
必死になって思い出そうとした。
待ち合わせをした、居酒屋に入った、料理が運ばれてきた、旨かった、酒を飲んだ、何回かトイレにも行った、
会計をしようと立ち上がろうとした所で制止され、お客さんが支払いに行った、ここまでだ。
覚えているのは、拒絶されたところまでで、座った辺りから記憶が無い。
入り口で靴を履いたような気もするが、履いてはいたのだが、確かな記憶は無かった。
どうやって辿り着いたのか、どうやって鍵を受け取ったのか、どうやって部屋に入ったのか...
全く記憶が無い。
「やっちまったー。」恐怖が襲ってくるだけ。
「明日どうやって謝ればいいんだろう?」恥ずかしさもこみ上げてくるようになった。
俺は酒は弱いほうだったから、学生時代、友人と飲んでも直ぐに酔いつぶれてげろを吐いていた。
でも、苦しんだ事や介抱してもらったことを忘れたことは一度も無い。
家まで連れ帰ってもらったことも何度かあるが、記憶に無いなんてことは一度も無い。
それがだ、げろも吐いてはいないのに、恐らく7、8杯くらいしか飲んでいないのに
きっれーに記憶が飛んでいる。
それだけ飲めば酔っ払うのは当然なんだが、記憶が無くなるなんて理解できない。
吐くほど飲みすぎて酔っ払った訳ではないのに、記憶が無いってどーゆーこと?
翌日、「酔っ払って記憶が有りません」とは言えそうに無く、
どんな顔して挨拶に行けばよいのか分からないまま、顔を出した。
そこで、軽くジャブを打ってみた。
「すいません昨日はみっともなく酔ってしまって。」
「いやいやいーんですよ、私なんか部長に馬乗りされて殴られたことも有りますからね。」
(おいおい、それじゃ俺がかなりとんでもないことやったみてーじゃねーかよ!?)
(何やったんだー、俺はよー?)
その部長にも会って、開口一番「すみませんでしたっ。みっともなく酔っ払ってしまって。」といった所で、
「何言ってんですか、酒の席のこと。なんでもないですよ。」とは言ってもらえたが、
仕事のことは淡々と進み、おまけに次のお題まで頂いて、上出来だった。
帰り際、同行した若いやつにこぼしてみた。
「俺、昨日どうやって帰ったのか覚えてないんだよ。帰る直前までは覚えてんだけどね。」
「えっ!?ふふっ、覚えてないんですか!送られて帰ったんですよ!!お客さんに。」
がーーん。自分で鍵を受け取れる状態でもなかっただろうから、鍵を受け取ってもらって、
後は部屋までは自力で帰ったんだろうか。まさか服まで脱がされたわけじゃないよな?
ただただ恥ずかしさだけが込みあがってくる。
やったかもしれない