カン先輩は恋多き人だった。
押しの強さで出だしは良いものの、そのあとは失速するというのが一定のパターンだ。
いつまでたっても恋愛下手で、恋人が出来ては何らかのヘマをして破局するという工程を繰り返している。
割と器用な人だと思うのだが、こと恋愛になると不器用になってしまう。
「ちょっと“リキ”が入りすぎているんじゃないですか。稼いでいるのに、恋人相手に大半を散財したこともあるでしょ」
「“大半”ちゃう。ガチャの課金と同じで天井をちゃんと設けとるから」
「それって傍から見れば、トランポリンの上で跳びながら『天井にぶつかっていないから大丈夫』って言っているだけですよ。まずトランポリンを取り除いて、それから天井の高さに意味があるのか考えないと」
「マスダ、お前の例えは分かりにくい」
確かに我ながら分かりにくい例えだと思った。
「……ともかく、自分をもう少し客観的に評価してみれば、原因が見えてくるんじゃないでしょうか。例えば、先輩の過去の恋愛遍歴から学んでみては?」
「ん~、あんまり思い出したいもんちゃうけど、ちょっと捻り出してみるかあ……」
その場の雰囲気で半ば成立した急造カップルだったが、それでも先輩は始めて出来た恋人に浮き足立っていた。
「とにかく失敗したくない」という想いだったらしい。
それ自体は間違ってはいないのだが、どうにも想いが強すぎたのだ。
先輩の恋人に対する言動はひたすらに受け身で、自分からは何も行動を起こさなかった。
また相手もそこまで積極的なタイプではなかったため、デートすら出来なかったとか。
そのため客観的に見れば、ただの顔を見知っているだけの間柄だった。
そして数週間後、「別れましょう」という簡素な内容のメールが送られてきたという。
こうして先輩の初めての恋愛は、そもそも始まっていたのかすら疑わしいレベルであっけなく終わった。
「あ~あ、何でフラれたんやろ。何もしてへんのに」
「いや、何もしてないからフラれたんでしょ」
「は?」
「セイコウ?」
このときの先輩の間抜けっぷりは、本当に同一人物なのかと疑うほどだった。
引き摺りニストめーめー
バイト仲間にカン先輩という人がいる。 労働で金を稼ぐことに執念を燃やす人間で、俺がバイトをするようになったキッカケとなった人物である。 だが今回は仕事の話が本筋ではない...
≪ 前 その次に出来た恋人は、バイトの同僚。 前回とは逆に積極的に行き過ぎた結果、公私をわきまえない立ち振る舞いになってしまい破局。 俺も同じところで働いていたので、その...
なんだなんだ
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