労働で金を稼ぐことに執念を燃やす人間で、俺がバイトをするようになったキッカケとなった人物である。
だが今回は仕事の話が本筋ではない。
その日の俺は、先輩の走らせるキッチンカーにてヘルプを頼まれていた。
他人の労働力ほど割に合わないものはない、と考えているからだ。
だから俺にヘルプを頼むってことはよっぽどのことがあったり、ヘルプは建前で別の目的に巻き込もうとするのがほとんどだ。
「はい、出来上がり! マスダ、これさっさと包んで」
他にもキッチンカーがたくさんある、いわば激戦区だった。
これ目当てに遠くから来訪する奇特な人間もいるらしく、特に昼時ともなると車と人が列をなし、ちょっとしたイベント会場のようになる。
「はい、これも包んで。こっちは前から2番目の人に、そっちは3番目の人に渡して。渡したら新しく並んだ人に注文聞いてきて!」
キッチンカー内の置かれた小さい鉄板で、先輩は次から次へと料理を焼き上げていく。
非常にせわしないが、昼時の今が稼ぎ時でもあるため回転率をとにかく上げていく算段らしい。
「お、行列が少なくなってきたな。じゃあ、ちょっとペース落とそか」
逆に行列が少なくなると、あえてペースを落とす。
人は行列がないと店を利用する気が起きないが、かといって長すぎても並びたがらないので一定の距離を保ちたいのだとか。
普段の先輩はこれを一人でコントロールしているのだから恐れ入る。
ピークの時間が過ぎると、人の入りも少なくなるのでキッチンカー達はまばらに撤収を始める。
俺たちも片付けを始めていた。
「……でな、数ヶ月前に別れたそのコなんやけど、昨日あの広場で歩いとってん。他のヤツと!」
さっきまでの忙しさを歯牙にかけず、先輩は仕事と全く関係ない雑談に興じる。
「はあ~、我ながら何でフってしもうたんかなあ。こんなに後悔してんのに」
「そりゃあ、人間の“シンリ”じゃないでしょうか。自分の手元から離れると途端に惜しくなるっていう」
「ええ~? そんな単純かあ?」
「先輩、そこのコーヒー。買ったのに全く手をつけていませんね。飲まないなら俺にくださいよ」
「いや……確かにワイは飲んでないけど、人に飲まれんのは何か癪やわ」
そう言った先輩はハっとする。
自分が思っていたよりも単純だったことに驚いている様子だった。
「そういうことです」
先輩はそう言って頭を抱えているが、そこまで堪えているようには見えない。
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