前回とは逆に積極的に行き過ぎた結果、公私をわきまえない立ち振る舞いになってしまい破局。
俺も同じところで働いていたので、その時のことは覚えている。
『恋は盲目』とはよく言うが、ほんとに足元を疎かにする人間を間近で見たのは初めてだった。
「俺も近くで見ていましたが、バイト中も個人的な話をしまくるのはダメですよ」
「それだって人間関係の一形態でしょ。完全に切り離すことはできない。地続きなんです」
「“恋愛”というものに対して、張り切りすぎなんだと思いますよ。いつも通りの自分で接してみては」
俺のこの指摘を受けて、次に出来た恋人にはとにかく平常運転でいくことにしたらしい。
個人的な愚痴にすら、取ってつけたような正論で否定してしまったらしい。
「不平不満だったり、個人的な話を身近な人にするときというのは、大抵は肯定してほしいんです。少なくとも否定はしてほしくないのでは」
「別にワイは間違ったこと言ったつもりはないんやけどなあ……」
「是非の話ではなくて、人と人との個人的な対話ですからね。杓子定規な論理や倫理で相手の感性を一蹴するのは、“恋人という個人”を尊重する気がないと受け取られるのかも」
「ええ~? マスダ、『恋愛は人間関係の一形態』だって言ってなかった?」
「『同じ』だとは言っていませんって。いつでもどこでも恋人相手にそんな他人行儀な接し方したら、それはもう恋人じゃないでしょ」
「……確かに」
俺に言われてやっと、そのことに気づくのか。
恋愛のことになると、なぜ先輩はここまでバカになってしまうんだ。
「やや子供だましな方法ですが、とりあえずウンウン頷いてください。そして合間合間で、相手の意思を尊重するという、肯定する意を言葉で示すんです」
そうして俺の言われたとおりに、恋人の個人的な話にはウンウン頷いていた。
「いや、正直しんどい……心にもない相槌をうつたび、自分の免疫細胞が徐々に死んでいく感覚がする」
だが、これは先輩にとってはかなりツラいものであった。
結局、そのツラさが顔に滲み出てきたあたりで破局。
「あの~、カン先輩。そもそも自分が恋人といて嬉しいとか楽しいとか、何らかのメリットが勝っている前提がないと、そういう関係は成り立ちにくいと思いますよ」
「メリットぉ?」
「先輩は、その人のどこに魅力を感じて付き合っていたんですか」
割と普通の質問をしたつもりだったのだが、カン先輩はウンウン唸って答えられない様子だった。
「いや、あったはず。確かにあったという記憶だけはあるんやけど……」
なんだなんだ
カン先輩は恋多き人だった。 押しの強さで出だしは良いものの、そのあとは失速するというのが一定のパターンだ。 いつまでたっても恋愛下手で、恋人が出来ては何らかのヘマをして...
引き摺りニストめーめー
バイト仲間にカン先輩という人がいる。 労働で金を稼ぐことに執念を燃やす人間で、俺がバイトをするようになったキッカケとなった人物である。 だが今回は仕事の話が本筋ではない...
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