2018-02-09

[] #49-6「先輩の恋愛遍歴」

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俺が席を立とうとした、その時。

「じゃあ契約書見せて」

先輩はニコニコしながら、相手にそう言ってのけた。

「え?」

「あるやろ。そんな高いもん売ってるんやから

完全に騙されていると思っていたが、実は先輩は勘付いていたのか。

「いや~、ペアルックなんて気恥ずかしいけど、やってみると案外ええかもなあ」

……というわけでもないらしい。

持ち前の金の煩さと恋愛下手っぷりが作用しているだけのようだ。

「ほら、はよ契約書ちょうだい」

しか相手からすれば、そうは見えない。

カン先輩の威風堂々とした立ち振る舞いは、カモがネギでしばいてくるような恐怖を感じさせたのだ。

「あ……ごめんなさい。親戚から母が危篤だってメールが来たみたい。だから今日はこれで……」

この場から体よく立ち去るため、ケータイから連絡がきたようなフリをしているようだ。

「え、お母さんは前に死んだって言ってなかった?」

「そ、その時に死んだのは、育ての親の方だから

「血の繋がった方も、既に死んでいるって聞いたけど」

「それは……私の中で死んだって意味!」

カン先輩の質問攻めに耐えられなくなり、相手は半ば逃げるようにその場を後にした。


「はあ~、いけると思ったんやけどなあ。ちょっと金に対してセコすぎたんかなあ~」

先輩はまたフラれたと思っているようだが、今回はそういう話じゃない。

だがカモられていたなんて真実を伝えても、何の慰めにもならないだろう。

「……いや、今回ばかりはもう相性が悪かったというか、元から脈がなかったというか。むしろフラれてよかったのでは」

なんやそれ! じゃあワイはどうすればええねん」

どうにもならないということだってある。

恋愛含めて人間関係は、正解を一人で導き、たどり着けるようには出来ていない。

先輩が間違えても間違えなくても、成否に関係があるとは限らないのだ。

別にいいじゃないですか。人生恋愛必須事項ってわけでもないですし。他にもやるべきことや、やりたいことはいくらでもありますって」

「んなことは分かっとるわい! 問題は、ワイは恋人が欲しいのに出来ない、出来ても上手くいかないという事実や!」

言葉が見つからいからといって、この慰め方は我ながら悪手だと思った。

恋愛を求めている人間に、「恋愛はそこまでいらない」なんて言うのはナンセンスだ。

それにつけても、先輩の落ち込みようは過去最大だ。

今回は、よほど運命を感じていた相手なのだろうか。

それとも、ことごとく上手くいかないフラストレーションが爆発したのか。

「あーあ、バレンタインも近いってのに。今年こそ恋人からチョコを手に入れられると思ったんやけどなあ……」

バレンタインって。

まさか先輩の気がはやっていたのは、それが理由だったりしないよな。

そもそも先輩は何でそんなに恋人が欲しいんです? そして、なぜ恋愛をしたいんですか」

「……ん?」

俺がそう疑問を投げかけると先輩は固まってしまった。

ごく個人的漠然とした答えでもいいのに、何も出てこない様子だった。

「……何でやと思う?」

そんなことまで俺がアドバイスしても仕方ないだろう。

(#49-おわり)
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