父が死んだ。
まあ正直言うと「やっと死んでくれたか」という感じだ。
死ぬ1ヶ月ほど前、母が「あなたの人生ってどうだったの?」と聞いたそうだ。
そしたら全くの躊躇なく、即答で「最高だった!」と答えたらしい。
それはもう満面の笑顔で。
それ聞いて仰天した。母もビックリしてた。
父はとにかく不平不満の固まりみたいな人だった。
まあ理解もできる。満州引き揚げ者だった父は何もかも失った人だ。
満州での裕福な暮らしも、将来の夢も(海軍大将になりたかったそうだ)、
幼い時代の友だち、想い出の地、本当に何もかも。
なにせ人前で全く涙を見せず、常に鬼瓦みたいな顔をしていて、
人目も憚らず涙を流していたくらいだ。
話を聞いただけの我々家族ですら胸が痛くなるほどだった。
妻である母は、父によると「異性として見たら全く好みじゃない」そうだ。
「こんなブスは人生で初めてお目にかかった!」とたまげたらしい。
「結婚するならハリウッド女優みたいな金髪のグラマーな白人がいい」と
ずーっと思ってたそうだ。
知性が高いために表情がいいのでほどほどよい顔に見える。
とてもじゃないが「初めてお目にかかったレベルのブス」ではない。
美人でもないが。
まあとにかく、ことほど左様に父は一から十まで人生思い通りに行かなかった人物だ。
子供である我々も能力的、性格的に父の思いに添えなかったと思う。
なのに。
「最高だった!」というのだから、本当に面食らった。
さぞかし生きるのがツラかったろうなあ、
社会に対する不平不満以外の事を喋ってるのをほぼ聞いたことがないというレベルで
いつも怒ってる人だったのに。
「こんなクソみたいな人生、やっとおさらばだ、清々した」くらいは
思ってるだろうなあと勝手に思い込んでたよ。
今際の際の感想が満面の笑みで「最高だった!」ですか。
苦笑するしかない。