位置は東京湾の埋め立てでできたために、もともとは海上であった。かといってお台場の再開発地域かと問われれば答えはノーだ。様々な政治的闘争の結果生まれたこの区は東京都千葉県の境目あたりの東京と近く、山の手の住民としては東京都は呼びたくないが、東京ディズニーランドよりはよほど東京という位置にある。様々な政治的闘争といったが、もちろん生み出した側が勝利したから区として承認されたわけだ。が、その闘争は熾烈な泥沼闘争であったようだ。生み出した側だって満身創痍だったのだろう。区の広さは大きめの小学校程度になってしまった。多目的ビルが一個立っているだけである。
新交通システムが敷設されるとか証券取引所が移転するとかオリンピックを永遠開催できるとか、荒唐無稽かつ夢あふれる物語があふれるほど語られてきたが、この座まではどれもあり得ない。妨害側だって目的のほとんどを達成したのだろう、こんな辺鄙な場所に書類上だけ出来た区はあっというまに話題に上がらなくなってしまった。
しかし、広いなら広い、狭いなら狭いなりになんとかやっていかなければならない。
この狭い自治体の区長に就任したN氏は(なお、この自治体唯一の住民でもある。くだんの複合ビルの管理人室に住んでいるのだ)なんとか区政を潤おそうと日夜奮闘を続けていた。
そして結果として、素晴らしいシステムを作り上げるに至る。
ふるさと納税だ。
ふるさと納税とは、自分の選択した自治体に寄付を行うことにより、住民税のおよそ1割程度が所得税から還付、住民税から控除される制度である。どの程度が還付、控除されるかは収入額に寄るのだが、年収400万円程度なら15~20万円程度は自由な自治体に寄付できるし、特に損もない。そんな制度だ。
海神区はそのうち半分を「おみやげ」として寄付者にかえした。初期は海神区名物として海産物を購入し送っていたのだが、のちに処理件数が多く、大変になったので金券に変更した。
これは大変な話題となり、ふるさと納税者は一挙に増加したといわれる。なにせ、海神区には住民が一名しかいないのである。それはどういうことかというと、この区の税収は一人分しかないということだ。少子化もびっくりの最低自治体である。しかし、それは同時に、区のサービスもほとんどなくてよい、つまり歳出がほとんどないということなのである。サービスのほとんどは民間の清掃会社などに委託しているので、支出もほとんどないのだ。そこに全国から寄付金が贈られてきた。大幅な、そして大幅な黒字である。
寄付者から見ても損はないのである。どうせ納めなければいけない税金だ。それを海神区におくれば、15~20万円の半分程度は帰ってくるのだ。いわば7~10万程度の減税と同じである。たかだか数万円の児童手当うんぬんで国会が紛糾し政権がぐらつく国である。こんなに免除してもらっちゃっていいの? いいんです。N氏はうなづいた。これは国の制度なんですから。