2014-10-06

家族関係でのつまづき。

中年うつの手前まで来て、怒りが収まらなくなった。

職場での人間関係を一度、壊した。

喧嘩しちゃった。

というか、イジメて来た奴に、仕返しをした。

俺は、元々、ある程度の勉強スポーツは出来るのだが、コミュニケーションも上手くないし、不器用だし、あわて者だし。

たぶんアスペルガーというかADHDなのだろうが。

真面目系クズだよな。

上司に、心療内科へでも、行けと言われて、行ってきた。

薬にには、頼ることなく、カウンセリング希望した。

どうも、6回程度のカウンセリングを受けるうちに。

「幼少期の話を聞かせて下さい」

あなたのお父さんは、アルコール依存だったんでしょ」

あなたのお父さんも、口下手だったの?」

あなたのお父さんは、とても厳しかったの?」

などと、聞かれるうちに、

自分は、本当は、子供の頃は、父親が好きだった面も、あるが、

とても、怖い印象を持っていたことを思い出した。

当たり前過ぎで、ついぞ、忘れていた。

毒親が、どう毒親でと言うことが、分からなかった。

父親も、どもり症で、どうも、職場での人間関係は、上手く出来ない人だった。

アルコールに逃げるような人だった。

どういうわけか、父親を助けて上げたいと思っていた。

さなころには、休みの日には、騒げないし、静かないい子でないと、いけなかった。

そういう父親の目線フィルターを通して世の中を観ていたことに気がついた。

仕事コミュニケーションが上手く出来なくて、何が悪いのか?

そんな人でも、働ける世の中で、あって欲しいと、子供時代におぼろげながら、考えていたかもしれない、と感じた。

妙な正義感が、あった。

それは、幼少期の父親なり、母親なりとの関係で。

コミュニケーションスキルと言うよりは、コミュニケーションとは、何か?

ということが、自分は学べていなかったのかもしれない。

苦手意識があって、スキルをのばそうと考えていたが、

そもそものコミュニケーション定義というか、どこからまり、いつ終わるのか?

みたいな基本的な事柄が、分かっていなくて、

コミュニケーションが怖いと、思っていたのかも。

自分は、能力がないからコミュニケーションが下手だと思っていたが、そうでもなかったのかも。

社会的には、弱くて内弁慶な父親に負けて上げるというか、

家では、俺は父とのプライドを傷つけないようにして、生きていた。

それでも、父親から、認めて貰えている感じがないので、なんか、ひねくれたな。

俺は、怖がりな性格だが、ちょっとしたことでも、キレちゃうと言うか。

カウンセリングというか、第三者との会話で、救いの糸口が見つかりつつ、あるように感じる。

だが、しかし、

同時に、俺は、今まで、40年近く生きて来たのに、自分意思ではなくて、

父親目線フィルターを通して、世の中を見てきたのだ、

父親に気に入れるために、

しろ、父親を守ってあげるぐらいの気持ちでいたことに気がついた。

余りにも、本人には、当たり前過ぎで、自分が何者かが分からなかった。

弱い人には、優しくするべきだって考え方が、変なふうに解釈しちゃって来たような。

DV嫁とかが簡単に抜け出せないのが、なんか、分かった気がする。

一人では、思考法は簡単には、変えられないものだな。

これから、急に自分の考えを変えて、生きていけるのかな?

無意識で考えていることってやっぱり、自分で、気がつかない。

どっぷりとハマり込んでいる人間には、たとえ、それが、変であっても、慣れ親しんでいるが故に、簡単には抜けれないんだな。

---

これは、水です、の話のようにみたいだよな。

http://j.ktamura.com/this-is-water

---

気がついたら、自分が何者かが分かって来たら、涙が出てきた。

泣けてきた。

あんな人達に好かれるような努力なんてしてこなくても、良かったのに。

自分のことを、認めてくれる人も世の中には、いるのに、なぜか素直に受け取れないまま、時を過ごしてきた。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん