転職先の職場の先輩にAさんがいた。穏やかで人当たりもよい人だ。
仕事ではペアで客先に派遣され、そこで一緒に作業をするのだが、組む相手は日程・客先・内容によって変わるので、Aさんともたまに組むことがあった。
この業種も業務も初心者ではあったが、それなりにこなし、資格取得も奨励されるため簡単なものから少しずつ取っていき、特に問題もなく過ごしていた。
ふたりが持っている資格は実務経験を経て取得できるものなので、初心者から見るとキャリアもあるのだと思われるが、Bさんはかなり若く、Aさんとは15~20歳くらい離れているようで、実際の実力はどうなのかわからない。まずはここのやり方を覚えてもらうことになり、OJTとして、AさんとBさんが組んで客先に行くことになったが、客先から戻ってきたAさんは困ったような顔をして、「若いから仕方ないのかもしれないけど…」と溜息をついていた。
しばらくして、Bさんが急に休んだ。
前日、上司によるチェックが入った際に手順や成果物が一定基準を満たしておらず、かなり厳しく叱責を受けたらしい。
年齢が近いこともあったので様子見する役をふられてしまい、どうしたんですか、だいじょうぶですか、やめたいなんて言わずにがんばりましょう、などと事情もわからないまま励ますようなことを言ってみた。
こんな感じでよかったんですかねえ、とAさんに愚痴気味に伝えると、どうしてそんなことをしたんだ、だめじゃないか、実はBさんは鬱病持ちで、だから転職してきたのだ、と言う。鬱の人にがんばってくださいなんて言ってはだめだ、心配かもしれないが今は黙って見守ってやれと言われた。
そんな人にがんばってなんて言ってしまった、どうしよう、と不安になり、Bさんに悪いことをしてしまったと思った。
その後Bさんは出勤してきた。こちらとしてはなんとなく気まずく、しばらく話すことはなかったが、ある日、Bさんと組んで客先に行くことになってしまった。
電話連絡したときのことも、病気のこともあるし、仕事についてもあまりいい評判がなかったので気が重かったのだが、一緒に仕事をしてみるとBさんは明るくにこやかに客先に応対し、指示も的確、知識も豊富で技術もあり、それを惜しむことなくこちらに教えてくれる。めちゃくちゃ仕事ができる。なのになぜ評判がよくないのか?そして、この人が本当に鬱なのか?疑問に思った。
Aさんに伝えると、それはきっと躁状態だったんだろう、あまり刺激してもいけないし、放っておけと言う。
しかし、その後Bさんの仕事ぶりをみるたびに疑問はおおきくなる。Aさんの言うような無責任な能力の低い人には見えないのだ。
なので、あるとき思い切ってBさんに尋ねてみた。もちろん病気なんかではなかった。
最初に一緒に仕事をした時から、AさんはBさんをほぼ無視、作業内容についても、これでいいですかと区切りごとに確認しながら手順を進め、最終確認をしてもらっていたが、きちんとした工程を教えてなかったらしい。上司に叱責を受けた際も、Aさんが最終工程前にも関わらず「これでいい」と作業を中断させたもので、まったくかばうことなく、Bが勝手に判断してやったことです、困った、呆れた、という顔をしていたようだ。
「相当ショックだった、なので休んでしまったけでど、あのとき声を掛けてくれてありがとう」
どうして本当のことを言わなかったんですか?
「だって言っても信じなかったでしょう?Aさんのほうがここでのキャリアも長いし年齢も上だし」
それからは注意してAさんの言動を見ていた。
Bさんが不在の時に、AさんはBさんをやんわり貶めるようなことを言い、困ったような顔をして溜息をつく。
でもそれ嘘ですよね。Bさんはそんなことを言ってないし、そんな行動もとっていない。
客先からBさんにクレームが入ったと言って、困ったような顔をする。
そのクレームも、BさんにではなくAさんに対してのものですよね。カイゼンにつなげますので詳しく聞かせてくださいと上司がコールバックしたので、クレームの内容も誰に対してかも把握していますよ。
Bさんの仕事ぶりと人となりが周知されるうちに、そういったAさんの言動の矛盾点や不当にBさんを貶めていることに他の同僚や上司も気付くようになってきた。
Aさんは、同等の資格と自分を凌ぐ能力を持ったBさんの存在が許せなかったのだろうか。
過去、不可解な辞め方をした人がいたのも、もしかしてAさんの策略に掛かっていたのかもしれない、むしろそうなのでは、ということになった。
Aさんはまだ職場にいる。Aさんは自分より格下だと認定した人にはやさしいからだ。でも一緒に働きたがる人はいない。自分から辞めてもらうのが一番なんだけどねえと上司は言うが、たぶん辞めないだろう。そして次はオフ会で困った顔をしながらBさんのことを言うだろう。