2018-06-03

幸色の◯ンルームの悲しい願望

『幸色の◯ンルーム』については前々から議論されている。

このお話について、個人的意見を述べたいと思う。こうしてブログに書くのは初めてなので、文章ぐちゃぐちゃだったら申し訳ないです。

このお話は、確かに犯罪肯定してしまうような面は無くはないけど、それは犯罪テーマに扱う物語では多少あっても仕方ないのかな、とは思う。名作と言われる物語にそれが無いとは言えないし。キモチワルイと思う人も居るだろうし、好きな人もいるだろう。それは個人の好みの問題だと思う。

私はこの話を読んで、

「これ、専業主婦願望の話じゃない?」

と思った。

もちろん、専業主婦家庭内監禁されている云々といいたいのではない。

この話を肯定する若い女の子たちのなかには、「専業主婦願望」が潜んでいるのではないかな、と思ったのだ。

ざっくり説明すると、以下のようになる。

ストーカーされるくらい愛される

愛や結婚というもの絶対的でなくなってしまった今、女の子たちは「自分盲目的に愛している存在」を「ストーカーして、攫ってくれる兄さん」に重ねているのではないだろうか。

②今の状況への不安、そしてここから抜け出したいといううっすらとした願望。これは所謂シンデレラストーリー」と似たようなものだ。ずっと不遇な状況下でいる「私」に「魔法使い」が現れ王子様と結婚する、成り上がり物語だ。

よくあるお話、誰にでもある願望である

本当のシンデレラストーリーと少し違うのは、「自分では何も努力しないで」というところだろうか。

誘拐」に努力必要ない。「ここから救い出して」「攫って」くれる「王子様」の物語をこの作品に見ているのではないだろうか。


被害者であること

主人公女の子虐待され、さら誘拐されるという絶対的被害者である。この「被害者であること」はとても強い。被害者加害者を組み敷くことが可能である。どんなに相手を責めようとも、言葉罵倒しようとも、(ある程度までは)物理的に傷つけようとも「被害を受けた」ことには変わりがない。その上、相手は「罪の意識」が存在するため、半永久的に上に立てる。

ドラマなどで加害者土下座する中被害者やその遺族が相手罵倒したり殴ったりする「当たり前の」シーンを見たことがあるだろう。

あれと似た構造がこの物語にあるのではないだろうか。

専業主婦になりたいけどなれない

今の日本社会共働きが当たり前専業主婦なぞ夢の夢というのは若い子にも痛いほどわかっている。働きたくない、ごろごろして生きていきたい。という願望は男女問わず誰しも持っているものだと思う。

しかし、それを口にすることは許されない。「働きたくない」と言おうものなら様々な方面から正論で殴られることは必至である。たとえそれが本心でなく、願望であれ、だ。

これらの①〜④が結びついたのが「幸色のワンルーム」ではないかと思う。

自分は何一つ努力しないまま、攫ってくれる「誰か」が現れて盲目的に愛してくれる。相手加害者であるので、(言動に出るかはさて置いて、気持ち問題として)こちらが圧倒的に優位である。そして、監禁されるというシュチュエーションにより、外に出ることができない(=働かなくていい)。

言い方は悪いが、「現実的な」なろうにある異世界モノのようだと私は思う。

異世界に行き、「無双する」ことで現実世界では叶えられないチート願望を叶える。

その「なろう」の構造をそのまま現実世界に持ち込むことはできないので、「犯罪」を持ち込み男女間の立場の不均衡という現実味を加えることで「働かない」願望を成立させる。

この物語を愛好する人たちの一部の意識にこの構造が潜んでいるのではないだろうか?と私は思った。

彼らはこんな「誘拐され」「監禁され」、自分がただただ被害者になるような状況でしか専業主婦である願望を叶えることができない、と考えているとしたならば。

犯罪者」と「被害者」の不均衡の上にしか成り立たない関係に「真実の愛」と「自分の願望が叶うこと」を見ているとするならば、これほど悲しいことはあるだろうか?

彼らは社会失望し、人間絶望していると言えないだろうか。そうだとしたら、とてもつらいと思う。





最後に。

もちろんこの考察はふと思い至って書き付けただけの与太である。この考え方が真だとは露ほども思わないし、『幸色のワンルーム』をいいな、と思う人たちはこんな怠惰人間だ!と非難するつもりもない。(というか、誰にでもある願望だと思う)

ただ、ほんの少しでも「この話を持て囃す人たちの意味がわからない」と思う人たちへの助けになればな、程度の書き散らしである


最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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