自担に干されて辛いジャニヲタです。ツアーは無事終わったけど私はぜんぜん無事じゃない!その日の夜は「辛い」「死にたい」しか口から出てこなかった。今はお陰さまで「もうやだ」も話せるくらいにはなって少しづつボギャブラリ―が戻ってきたかな。干された次の日、気分にまかせて服を選んだら全身黒の喪服コーデができあがって、死んだ顔のまま学校で友達に話を聞いてもらったら少し頭が整理されたのでここに残しておこうと思う。
一応ジャニヲタ以外の人に用語の解説をしておくと、【自担】自分の好きなジャニーズタレントの代名詞 【ファンサ】コンサートで(主に特定の)ファンに向けてサービスをすること。投げキスとか手を振るとか 【干される】コンサートで自担からファンサをもらえないこと。以上。
自担に干された悲しさを友達に切々と訴えながら、「ファンサ貰えなかった悔しい~~!」だけじゃ収まらない自分の欲深さとイタさに我ながら呆れつつ、結構ジャニヲタあるあるの思考回路だよね?!って思ってるので干され経験のあるジャニヲタの皆さんと一緒に傷舐め合いたいです。
前置きが長くなりましたが、ここから「干された辛い」の感情を因数分解して書き殴っていきます。
こういう思考回路がキモいのは承知だけど、干されると「嫌われてるのかな?」って反射的に思ってしまう。アイドルはファンに対して好きとか嫌いとかの感情を抱くほど興味持ってないよって頭では分かってても、でも「あれ?お呼びじゃない感じ?」っていたたまれなさでその場から立ち去りたくなる。
「告白されて嫌な気持ちになる人はいない」っていう一般論があるけど、多分それは望みの薄い片思いしてる人を奮い立たせるためだけの建前で実際は「ないわー」って人に告白されても困るだけだ。だからきっと「アイドルは自分の団扇を見つけると嬉しい」っていうのも建前で「うわーあいつまた来てるよ」とか、あんまり歓迎されてないファンもいるはずで、あれ?私そういうファンになってる?みたいな。そういう疑心暗鬼でモヤモヤするのが辛い。
もちろん干されたのは今回が初めてじゃないけど、今までは自分に言い訳できる余地があった。「埋もれだから見えなかったのかナ☆」とか「昨日ファンサくれたから今日は我慢しろってことかナ☆」とか。
でも今回はどの言い訳にもあてはまらなくて、何より一番ダメージ受けたのが「あの子にはファンサしてたのに!」っていう嫉妬。アイドルに嫉妬。すごい不毛。自分よりも前から自担を応援していたいわゆる「古株」のファンに自担が手厚いファンサしているのを間近で見て、さぁ次はいよいよ自担がこっち向いたぞ!来るぞ!ってドキドキしてたら来なかった。何にもなかった。古株にはあんなに笑顔だったのに。たったそれだけなんだけど、辛い死にたいもうやだ。
ジャニオタ歴の長い友達に愚痴ったら「分かる!!」って全力同意してくれた。彼女が前に好きだったジャニーズは割と古株を優遇するタイプだったらしく、悔しい日々を送っていたらしい。こっちがいくらコンサート諸々に本気で頑張っても古株も頑張るからその差は縮まない。「ファンの中で絶対勝てない人がいるって思うと萎えるよね」って、彼女がまさに今の私の心の声を代弁してくれて「それな!」ってその乗り越え方聞いたら「降りた」って一言。そっか…それ乗り越えてないね。
でも、自分が贔屓されたいとか、大切にされたいとか思うその欲望は、もうアイドルに向けるものじゃないっていうのも分かってる。もうそれってアイドルの楽しみ方じゃないんだよね。自分をオンリーワンだと言ってほしいならさっさと彼氏を作るべきなんだよね。いやさっさとできたら苦労しないっていう話ですねすいません。おれ明日から本気出す。
ジャニーズを好きになった最初はもちろん私もこんなんじゃなくて、見れるだけで嬉しかったしどんな席でもコンサートはテンション上がったし、いつかアリーナ前列とか入ってみたいな、当たると良いなって素直に思ってた。
それが気がつけばお座席こだわりあります系の人になっちゃって。ファンサ貰えなかったら心がどんどん凍りついていって、自担をかっこいいと思う感情さえ鈍くなっちゃって。
これが結構ダメージ大きい。そんな自分に気付いた時すごくがっかりした。あーもう私はアイドルを応援してるファンじゃないんだなーって。よく「アイドルを見たいじゃなくて、アイドルに見られたいって思ったらドルオタとして終わり」っていうツイッター格言が回ってくるけど、まさにそれ。落ちぶれたオタクになり下がっちゃってすいません。こんなのがファンですいませんって自担に懺悔したい。私もこんな自分もうやだ。
これまでの私のジャニヲタ活動は、自分が応援していることを自担が覚えてくれたら嬉しいなって、いわゆる認知になれたらいいなっていう目標目指して山道を登っていくっていうイメージだった。だから自担にファンサされたら頂上に近づいた気がして嬉しかったし、干されたらその道のりが険しすぎて泣いたりした。でも、実際のジャニヲタ活動はどこにも続いていない平坦な環で、将来に何か残るわけじゃないし、達成感とかも幻に過ぎない。「自担に構われる日もあれば干される日もある」それをただ無意味に繰り返すだけなのかもしれない。そう悟ってすごく虚しくなった。その無意味さに耐えられるかどうかがジャニヲタに必要な強さなのかもしれない。
ジャニヲタなんてずっと続けられるわけじゃないし、どうせいつか止めるなら早く止めるのに越したことはない。分かってるんだよもう。分かってるのに止める決心がつかなくてもうやだ。
でもなんか干された日のこと思い出すと、だんだん「でもチラ見でも目は合ったし悪くなかったんじゃね?」って思い始めてきて、脳の思い出美化機能がすごい。こうやって鈍感力を磨いて次のツアーも張り切って団扇持ってる自分の想像容易。辛い。
自分が応援していることを自担が覚えてくれたら嬉しいなって、いわゆる認知になれたらいいなっていう目標目指して そもそもその目標が根本的に間違ってるわ。 ファンはそんなこと...
友人(アラフォー)にひとりジャニオタがいるが、その年齢まで行くと「俺とアイドルどっちが大事なんだ?」という言葉に「アイドルだ!」と答えて婚約が破談になったり、番組観覧...
単なる疑問なんだが 「ジャニタレは自分のファンを固体識別していて 基本的には1回のコンサートにつき自分のファン全員に1人1回以上の個人宛ファンサをする。 それがなかっ...
ジャニのファンサって、Gジェネのウイングガンダムのバスターライフルみてーだな
× ウィングガンダムのバスターライフル ○ ウィングガンダムゼロのツインバスターライフル
むしろ、パルスのファルシのルシがパージでコクーン
ジャニーズというのは間違いなく宗教団体で、信者は洗脳されてまともな判断能力を奪われている、ということを強く認識した。
すごく文章が面白かった。 めちゃくちゃ引き込まれてしまった。 ジャニーズの話も興味深いけど、あなたの文章もっと読みたいと思いました。