うちの母親よりも若くて、でも母と同じくらい包容力があって包み込んでくれるかんじのチー先生。
俺はチー先生に「かけ算には順序がある」と教わった。
かける数とかけられる数の順序。
それは、チー先生と俺との間にある、教える人と教えられる人との関係に似ているような気がした。
しかし、、
「中学生になっても、国語は国語、社会や理科も社会や理科のままです。でも、算数は数学になります。中学校から始まる数学という科目は算数とは違います。算数は生活のなかにあるものです。しかし、数学は毎日の生活とは直接つながっていません。けれども、私たちのこの文明の基礎を作っているものです。この先、数学では、算数とは違う考え方、ルールがあることがあります。でも心配はいりません。あなたたちの頭は若く柔らかい。新しい考え方やルールを勉強しなおせばいいんです」
中学の数学教師はベテランで父親よりも年上だった。俺は嫌な予感がした。
その後、、
数学教師は、a x b = b x a と板書する。
他の生徒はそれをノートに書き写す。
そして数学教師は言った。
数学では、かけ算に順序はありません。
俺は耳を疑った。
小学校のチー先生は、かけ算に順序があるとはっきり言っていた。
俺は数学教師に、小学校でかけ算に順序があると教わったと反論する。
「まあ小学校の算数というのは、子供向けに分かりやすくしているから。中学生になったら、それは忘れて」
そうあっさり言われて、俺の発言は流された。
授業が終わってからクラスメイトに話しかけても、「かけ算に順序がないのは当たり前だろ。すでに知ってた」「算数なんてガキ向けの科目だろ? 執着するなよ」とみんなあっさり、かけ算に順序のないことを受け入れて、数学の授業をちゃんと理解している。
それ以降、俺はさっぱり勉強しなくなり、トー横に通ってオーバードーズし、オレオレ詐欺の受け子をやって逮捕された。
20歳の成人式の時、同窓会が開かれて、チー先生も呼ばれていた。
俺はチー先生に詰め寄った。
「なんで、あの時、かけ算に順序があるって嘘ついたんですか!」
チー先生は答える。
「発達段階に応じた指導が必要。子供に大学生と同じ教え方をしても、誰も理解できない。あなた、嘘っていうけど、高校の教科書に載っている極限の定義だって、嘘でしょう。でもだからといって、高校生にイプシロン=デルタ論法を教えるわけにはいかない。それと一緒。だいたい、あなた以外の人は全員、かけ算に順序がないことを受け入れたし、ケイちゃんは東大にも受かったでしょう。かけ算の順序を教えられたせいで人生終わったと言っているの、あなただけ。大人になりなさい」
俺は絶望した。
あの時、かけ算に順序があるって教わってなければ、こんなことにはならなかった。
行列積の順序間違えて単位落としてそう
早稲田どころか日大にも入れなさそうで草