2022-03-22

若い時の失敗は場合によって取り返しがつかないことになる

たまたま匿名ダイアリーを知り、早朝に寝ぼけ眼で書いてみたが誤字・脱字がひどかったため改めて投稿

中学は最高だった。成績は常にトップ部活では部長生徒会本部役員モテてたし彼女もいた。高校は厳しいぞと親や中学担任から言われたが、結局中学立ち位置は変わらなかった。現役で東大文一に受かり、「ノルウェイの森」の永沢という男を気取っていた。ただここまでが人生ピーク。下らない理想モデルで失敗した。僕の理想モデルは「司法試験在学中合格→国1トップ外務省事務次官駐米大使→定年後に国際関係論の権威として駒場教授」だった。

単純な話だが司法試験で失敗した。高校卒業した春休みから伊藤塾に通い詰め、3回連続受けたもの論文が通らなかったのだ。普通なら2年生、3年生と2連続不合格なら諦めて国1に専念する。しかし僕は往生際が悪く、国1と司法試験を並行した。4年になる4月頃にはメンタル崩壊。そのまま国1と短答を迎えるが前日も彼女や友人と遊び歩いていた。東大には本番の朝まで駒場麻雀やって司法試験に受かる基地外がいるが僕は凡人だった。結局国1は受かったもの外務省含め希望省庁からオファーは来なかった。司法試験はやはり論文落ち。万一のために「官僚にはなりません」と嘘をついて内定をもらっていた会社入社することとなった。

僕は今、霞ヶ関官僚になれずにコンプレックスを抱えながら丸の内三菱村の社内官僚として生きている。仕事が終わるとたまに行幸通りを通って日比谷公園を歩き霞ヶ関散歩する。そして「外交官として働いているもう1人の自分」を妄想して帰宅する。

休み明けしょっぱなから暗い気持ちになってしまった。

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