12年の長きを同じ1台のガラケーと共に過ごしてきた母がもはやこの機会しかあるまいとほとんど決死の覚悟でもって
ねばり強く袖を引くらくらくホンの誘惑をも断ち最新のスマートフォンに機種変更したのは増税前の9月末
悪戦苦闘しながらなんとか電話メールかんたんな検索それに誤字まじりのLINEの操作を覚えなんとなく楽しさを覚えたらしい11月、
ふらりと帰省した姉にこれはかわいいよ、とそそのかされ母はねこあつめを始めた
始めて1日目でもう母はそのかわいらしさ、人生で一度もやったことのないゲームの新鮮さのとりことなって
数日後にはさながら年季の入ったゲーム廃人のごとく暇さえあれば小さな庭にやってくるさまざまの猫たちを眺めてはにこにこし餌をやりにぼしをもらい
えーこんな子もいるんだほらボールで遊んでるかわいいあーでもこのでぶ猫がにくたらしい、いやそうじゃない金をくれ金をなどと言いながら写真をぱしゃぱしゃ撮っている
休日に数えてみたら母は起きているその間16回も画面を確認してはかわいいねかわいいねかわいいねと言っており
浮力で立ち上がる髪の毛の先までも知らぬ間に落ちた沼の水にすっかり漬かりきりたゆたっているかのごとき様相である
ゲーム画面を閉じるときにはなんとなく後ろ髪をひかれているような感じでほーっと息をついているがまたぞろアイコンをタップし眺めてはまた閉じ息をつき
そのたびあーかわいかった、でもやっぱりうちの猫が一番かわいいね、とにこにこしながらつぶやいて
部屋の中のどこかしらで食べたり歩いたり寝たり姿の見えなかったりする本物の猫を探し見つけてはその額を撫でにいく 猫は静かである
やっぱり数えてみたら同じ休日に母はそれを14回やっていて以降もねこあつめを開き閉じては判で押したようにあーかわいかった、でもやっぱりうちの猫がいちばん、とにこにこする
日を同じくして反復される同じ文句同じ動作のその様がなんとなく昔語りのおしまいにきまって現れるしわがれた結びの定型句を思い起こさせ
もう長いことこんな場面を見てきたような気もすれば初めて聴いたような気もする古いような新しいような形容しがたい既視感のようなものをもってそれを眺めさせる
画面の中からほかの猫が一度に大量に我が家へとなだれこみそれが日常のうちの一つの場面になったことで
うちの猫が家に来たそのときからこの十数年の間に蓄積され続けて減ることのなかった母の爆発的な「うちの猫がいちばん」が
突如噴出孔を見つけ質量をもって物理の世界にいっぺんに溢れ出てきたところにちょうどいま遭遇したのだなと思った
あらゆる次元の猫はみなかわらず猫で等しくかわいくそのすべてのうちで今この家にいるこの猫こそがもっともかわいいのだという気持ちを
疑うべくもなく当然だとしても何度でも確かめたくなるささやかだが圧倒的な事実としてうまく言葉にならないままいつも持っていて
そのなんだかでかいものの一端がぽろっとこぼれ落ちてしまって止まらない母とそれを母にいつでも口に出させてしまう猫がいっそう愛らしく思え
ある日そんな風に可視化されただけの決して新しくない習慣に頭の中でほんとそうだよねー、と何度でもそっと同意してそっと祝っている
ここでつべの文字動画に流れる世界線もあるんだろうな・・・ ネコチャンは世界を救う
なにげに凄いなぁーこの増田文学 嫉妬心を感じるぜぃ