「紙コップ、どこにあるん」
まだ絶食期間中で、手術当日に看護師から持ちこんだ食べ物を持って帰るように言われた。
それと一緒に紙コップを持って帰ってきていた。
「はよう持ってこいや」
鋭くイラついた声。
痛みが引かず、慣れない環境。
「体を拭くシートを持ってきて」
面会時、言われた物を渡す。
「水もってこいって言わんかったか?」
メールにそんなことは書いてなかったけど。
「昨日言っただろうが」
言ったっけ?
「はぁ……(ため息)、財布は?」
それも言ってないよね。
「お前、ホンマに使えんな」
あ?
ちょっとこれには腹が立った。
そのあとも水買ってこい、テレビカード買ってこい、と用事を済ませる。
他に持って帰る物はないかと尋ねると「ない」と返されたのでそのまま帰る。
ふだん会話らしい会話もあまりしない。
話したいこともないので帰宅する。
「洗濯物を取りに来てくれる?」
1時間後。
「洗剤持ってきて」
1時間後。
完全に小間使いにされている。
何かあったときのためにと、忙しい職場でありながら融通つけてもらって、長期間の有休を習得させてもらっている。
上司は心配してくれているし、同僚は「しっかりお父さんを看てあげてね」と優しい言葉をかけてくれた。
父に対して良い思い出はない。
中学生の頃は突然怒鳴られることにいつもおびえ、目をあわせることもできず、話しかけられまいと気配を消していた。
高校生になると、知らぬ間に私室を片付けられ、整理されて、子どもにプライバシーはないのだと実感した。
昔に比べていきなり怒り出すことは少なくなった。
そうそう怒鳴ることもない。
おかげで今では目を見て話せるし、主張できるようになってきた。
「明日面会するときに持っていくから。必要な物をリストアップしておいてください」
もしも容態が急変して、なにかが起きたときのために、いつでも連絡を取れるように。
「お前、ホンマに使えんな」
もういいや。
絶食が終わるまで面会には行きません。
そうメールした。
返事はない。
「あんたのお父さんがね、ガンガン怒って電話をかけてきたんよ」
それで?
「そんなに言ったらいけんよ、って返したら突然切られてね」
「それでね、ちょっとあなたとも話をしたいなって。お父さんのことどう思ってるのか、気持ちを聞きたいのよ」
「もう、そういう強情なところ。あなたもお父さんに似てるわよ」
そうだね。
でも怒鳴ることはしないけどね。
母が死んで、誰も怒りを受け止める者がいなくなったから、母方の祖母に文句を言いにわざわざ電話したのだろう。
父はどこまで甘え続けるのだろうか。
私はもう付き合いきれない。
生前の母もそうやってきた。