ちょっと前に友だちと自分のコンテンツへ対する関わり方みたいなのをべらべらとおしゃべりしてて、みんな私と同じ視点だと思ってたら全く違ってて面白かったので日記にしとこうと思う。
どのジャンルにおいても自分がどんな形でそのコンテンツに存在するかって大事。それで変な解釈齟齬が起きて揉めたりしちゃうから。
まず、第一に今回見ていくコンテンツは前回ステで云々話した役者育成ゲーム。情報公開段階で女主人公がキャラデザと共に載せられていて、いわゆる自分がゲームの世界に存在するタイプのコンテンツ。最近よくある形のアプリですね。
じゃー、まとめていく。
タイプ①「世界は一つ。世界線は私のいるここだけ。他の主人公は居ないのだ」タイプ
自分がプレイするアプリのみが自分の世界なので、他のプレイヤーの世界はシャットアウトできちゃう能力持ち。
推しに愛されるべきは自分であり、主人公と自分は=で繋がっているタイプ。プレイヤー目線でストーリーを楽しめる特典がある。
タイプ②「自分の世界の他にもパラレル的にそれぞれの世界線が存在してるよ全然オッケー🙆」タイプ
推し溺愛みんなで愛でようねウフフな友人はこの考え方だった。
タイプ①とは違って、目線は主人公だけど他の主人公も存在してて構わない平和的なオタク。推しが被ろうと被らなかろうとみんなでキャラを溺愛しちゃおうぜって感じで素敵だと思う。
人にはそれぞれの愛で方があるもんねと理解範疇が劇的に広い。ビビる。
タイプ③「モブすらも恐れ多い、外野で観察していたい第三者」タイプ
端的に言えば主人公≠自分。主人公すらもそのストーリーの登場人物だと思っているオタク。自分は推しとは恋愛しないし、関わらない。言うなればアイドル的な見方をしている。
私の場合モブよりももっと外野である、一つの世界で繰り広げられるストーリーをサッカーの試合のごとく俯瞰的に見てやんややんやアレコレ騒ぐタイプ。もはやそこに自分が居なくて全然構わないし居ない方が当たり前世界。
ずーっとタイプ③が普通だと思ってきた自分からすると①と②は新鮮で、推しへのスタンスが理解できて楽しかった。
ストーリーで荒れる人がいるのを不思議に思っていたけど自分がその世界にいたらそう思ってしまうのも無理はないなあと。少なくとも三形態あることに気づけたので良い時間だった。
他にもあるよってのがあったら教えてくれると嬉しいです。
うんち
そうだね。うんちだね。💩
うんち
解釈違いがどうこうの炎上案件に毎回毎回首突っ込んでは 「それぞれの○○(本丸・事務所・鎮守府・グラサイとか……)があると思うから私は気にならないなぁ~w」 ってまさに②の...