2018-04-19

セダン存在意義

今後のセダン存在意義について考えてみたいと思います

日本自動車販売協会連合会(以下、自販連)は、月別・年別の新車販売台数統計として発表しています。自販連は車種を項目としては販売台数は発表していないため、各ブランド車(トヨタクラウンカローラSUBARUレガシィ等)をセダンとし、2015~2017年販売台数を見てみました。トヨタクラウンカローラ販売台数が減少しており、プリウス等は2016年は上昇していますが、2017年は一転減少しています販売台数トップ50のブランドしか見れないのですが、新聞報道等を見ていても全体として減少している傾向にあるようです。

セダンは、今後の社会においても必要なのでしょうか。過去セダン型の車が新車販売台数ランキングで席巻していた時代もあると思います。それはおそらく、自動車用途が、家族の外出くらいにしか考えられておらず、家族形態核家族ほとんどだった時代でしょう。ただ現在は、サーフィンゴルフ等のスポーツを楽しんだり、遠出せずに近場のスーパーに行くため等、人々の自動車用途家族の在り方が多様になったことで、セダン型の自動車がその目的に適わなくなってきたのでしょう。

最近では、都心に住む若い人は車自体に興味を持たなくなりました。都心に住まなくても交通網が発達しているし、シェアリングカーといったサービスも増えています普通サラリーマンであれば週末にしか乗る必要がないので、レンタカーを借りた方が、自動車重量税といった税金を払う必要がないので、昔からその方が合理的だったかもしれません。それでも昔の人が車を求めたのは、それが一種ステータスであったからですよね。ただ、今の若い人は車に対して社会的なステータスは感じていません。カーセンサーといった中古車取引サービス成熟しており、車自体の値段も多様化しているので、車を持っているから「裕福だ」、「すごい」という発想には至らないですよね。

それでは、今後セダンはどのように生き延びていくべきでしょうか。私は、自動車メーカーセダン社会ステータスを表すシンボルブランディングすべきだと思っています。昔は、ポルシェフェラーリといったメーカーの車を持っている事自体ステータスでした。ただ、今度は車型だけでその所有者のステータスを表すようにしていかないといけないと思いますスポーツカーのように走りが好きでもない、4人も車に乗せる必要がない、でもコンパクトカーは嫌だという層にアプローチしていく必要があるのではないでしょうか。そうする事で、セダン寿命を延ばしてく事ができると思います

多くの公用車は未だにセダンが用いられています英国王室などを見ていても、彼らが乗っている車はセダンです。セダンが、社会的に上位のステータスを表すシンボルとしての基礎は出来上がっているので、あとはどのように強化するかが大事になります

今後の国産自動車メーカーがどのようにセダンポジショニングを取っていくか非常に楽しみです。

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