学生生活も終わろうという頃、たまたまではあるが上手くいかないことが重なってひどい不眠や精神の衰弱に陥った。学内カウンセラーのすすめでメンタルクリニックに通うことになったのだが、自分の悩みや症状を訴えてもとりなしてもらえず、結局学校に行くことすらできなくなるまでに体調は悪化した。
あわせて健康だった歯も、起き上がることすら出来ないような日が繰り返された結果さすがに虫歯が出来てしまい、痛みもするため、気持ちが戻ってきた頃に歯医者Aに行った。治療の際、知らん間に親知らずも生えていることを教えられ、せっかくなので抜歯して欲しいと伝え、手術の日取りまで決めたが、当日になり、やはり健康なら別に抜く必要はないと言われ、プロが言うならと素直に従い、取りやめに。
しかしどうも噛み合わせの感じや歯に違和感があり、別の歯医者Bに行ったところ親知らずが横に伸びて歯並びを押し変えてしまっているという。比較的自信があった歯並びも失ってしまったショックもあったが、こうなった以上抜歯を決める。
だがその歯医者Bがとにかく下手だった。さまざまな不手際があったが、中でも麻酔が切れていると訴えても「もうすぐ終わるし、効いてないはずはないから」と意に介さず手術を続行されたことが一番だった。20も後半に差し掛かっているにも関わらず、恐怖と痛みで本気で泣いた。
最終的に遠くの大きな病院できちんと抜歯は行ってもらったのだが、とにかく結果的に上手くいったこと以上にさまざまな不都合を俺に与えた(と当時は解釈した)病院への怒りと絶望と不信が募り、すっかり医者自体を色眼鏡で見るようになってしまった。セカンドオピニオンの選択肢があるほど、田舎には病院がなかったことも災いしたと言える。
その後、年と共に、自分の意思に関わらず、外科内科関係なく病院のお世話になることがなし崩し的に増え、自然と病院への不信も氷解したのだが、それでも相変わらず心療内科や歯科にかかろうという気は全く起きない。いまだにメンタルには問題を抱えているし、歯並びは治っていないのだが、成熟されたヘドロのような心の淀みと向き合う気力がもう沸かない年になってしまった。かつて医者不信だったなどといいつつ一部の医者への個人的な偏見は一生消えないようだ。
医者は正しい診断や治療は出来て当然、誤診や医療ミスは憎悪の対象になる、難儀な職業という点について一定の理解はあるつもりなのだが、俺がそうであるように、ムカついた記憶が早々風化しない事を鑑みると、どこかでいわれなくワリを食っている医者も数多いのだろう。だが個人の感傷としてどうしても超えられないラインが生まれてしまっている。むしろその事で損するのは俺の方だとは思うが。