2、3年前の冬の日の夜、あの日も確か寒かった。冬の、呼吸をすると鼻の奥がつーんと冷たくなる感じの日。あの日と同じ。
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大学の課題か何かで帰りが遅くなって、いつもは行かない時間帯の駅前のスーパーへ。いつもより割引きになったお惣菜の弁当とカップ麺をカゴに突っ込み、レジを待った。並んでいると、ふとレジ打ちの店員さんに目がいった。そこにいつもの背の高いおばさんはいなくて、小柄で華奢な、みじかい髪を後ろで束ねた可愛い女の子がそこに立っていた。
僕は読んで字のごとく、彼女の可憐な姿に目を奪われてしまった。レジを待つ間、ずっとそのレジ打ちをする彼女を見つめていたと思う。自分の番がきた時、ふいに自分のカゴに入っている割引のお惣菜と大量のカップ麺に目がいった。僕は自堕落だと思われるのがなんだか恥ずかしくて、ただただ赤くなっていた。レジを打っている間は顔が見れず、ただただ彼女の耳についていた白い花のイヤリングを見ていたのが記憶に残っている。
会計が終わると、そんな僕の恥じらいなど知る由も無く、彼女は屈託のない笑顔で「ありがとうございました!」と言った。一瞬の出来事だったけど、目を見て微笑んだ彼女の吸い込まれそうな瞳に、僕の心は奪われてしまっていた。
その後も週に何日かは、いつもの時間より遅めにスーパーを訪れた。彼女の姿が見たくて、彼女がレジ打ちをしていたらさりげなくその列に並び、横目でレジ打ちをしている彼女の雪のように色白な横顔と耳のイヤリングを見ていた。彼女と話がしたかった。でも、見てるだけで声なんかは掛けられなかった。ただレジに並び、会計をする。それだけ。見栄を張るためにお惣菜やカップ麺は買わなかったり、料理なんかしないのにニンジンやじゃがいもなどの野菜をカゴに入れてレジに並んだりした。しかし、何度店を訪れても僕たちの関係は変わらず、僕はいつまで経ってもただの客で、彼女はずっと夜勤のレジ打ちのバイトの女性、ただそれだけの関係だった。
だけど、レジ打ちを待っている彼女の姿を見ることが自分の生活の中の小さな喜びだった。
そんな日が何週間か続き、年末になった。あんなに彼女に会うために通ったスーパーも、新年会やら忘年会、飲み会、正月を経た頃には彼女ことなど記憶の片隅に追いやられていた。
1月も終わりに差し掛かった頃、ふと彼女のことを思い出しスーパーへ向かった。時間帯はたぶん、合っていた。だけどレジ打ちに彼女の姿はなかった。しかし、通っていた頃も会えないことは何度かあったので、今回もシフトが入っていないのだろうと思い、気にも留めなかった。
だけど、何度か曜日を変えてスーパーへ訪れても、そこに彼女の姿があることはなかった。代わりに、短大生と思われる女の子が、『研修中』の名札をつけてレジを打っているだけだった。
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