「風邪ですね。まあ体を暖かくして、栄養を摂って、寝てください」
「風邪? そんな馬鹿な。それに、以前かかったときはこんな感じじゃなかった」
弟は納得がいかない様子だった。
医者でもない母と、医者であるこの人が同じ結論であることがおかしいと考えたのだろう。
だが、別に診断が杜撰だったわけではないし、いくら弟が喚いても病気が変わるわけではない。
「症状がツラいなら、お薬出しておきましょうか」
「それ飲んだら治るの?」
「いえ、症状を抑えるためのものなので」
「おい、兄貴、この医者ヤバいぞ! なんで治るわけでもない薬をわざわざ出すんだ」
いまの弟にとって、治るかどうか以外は無価値なようだった。
「そうか。じゃあ、薬は必要ないな」
ここで対症療法薬とその必要性について先生に説明してもらうことも可能だ。
だが俺は弟をなだめつつ、その場をそそくさと後にした。
今の弟にそんなことを説明しても理解も納得もできるとは思えない。
いたずらに体力をすり減らし、病状が悪化するだけだと判断したのだ。
「さあ、皆さん。目を閉じてください。呼吸することを強く意識して。次に自分の成功体験など、快感を覚えた瞬間の姿をイメージしてください」
帰りの道中、あの教祖が今日も熱心に布教活動を続けているの見かけた。
これといって害はないが、「生活教」とかいう変な教えを広めている胡散臭い輩だ。
「おっと、呼吸することも忘れないでくださいよ。愚か者は呼吸することを忘れます」
「兄貴~、あれは何をやっているんだ?」
「まあ……囁きだとか、祈りだとか、詠唱だとか、そこらへんを念じてるんじゃねえかな」
関心すらない俺はテキトーに答える。
「……おや、随分と顔が赤いですね。大丈夫ですか」
教祖は弟と一度知り合ったことがあるらしく、その時と様子が明らかに違うので気になったらしい。
「え、分かるのか」
「へ? ええ、まあ……」
弟はあまり自覚がないようだが、誰が見ても分かるレベルだったからな。
「じゃあ、治してくれよ」
「ええ!?」
「だったら、そうなのでは……」
病気で心身がよほど参っていたらしい。
「いや、私の宗教はそういうのじゃないんですが……」
だが、このままだと弟はいつまでも絡み続けて布教活動の邪魔になる。
教祖はしぶしぶと見てみることにした。
その日の弟は明らかに様子がおかしかった。 言動そのものは変わらないものの、いつもの快活さがない。 顔もやや紅潮しているように見えた。 これはひょっとすると……。 弟の平均...
≪ 前 「えー……これは恐らく風邪……」 医者に風邪だと診断された以上、教祖もそう下手なことはいえない。 というか、もし弟が先にこっちに来ていたら「医者に診てもらえ」と言...