2016-10-22

宇多田アルバムを聴いて母が死んだら私は悲しんでいいのだと思えた

私は「母」がテーマになっている曲が苦手だった。

理由世間で言われる「母」という存在に対する感情共感できないから。

そんな私が宇多田のfantômeを聴いて、少し母と自分について書いてみたいと思った。

私の母は私が甘えることや泣くことを嫌った。

今でも「私のび太みたいなのが大嫌い」とドラえもんを見ている私に言っていたことを覚えている。

小さい頃の思い出に祖父母や父に甘えた記憶はあっても母に甘えた記憶がない。

その頃の母の記憶はさみしくて構ってほしくて泣いている私が常にセットだ。

あと母親は私が何をしても褒めてくれなかった。

成績が良くても、何かで賞をとっても。

彼女教育方針がそうだったのか。

純粋にそれ以上のことをやってきたであろう彼女にとって褒めるべきことではなかっただけのことなのか。

それとも身近で私そのものを観ていて、表向きなそういう評価意味を感じなかったのか。

そういう諸々のせいなのか多分母が死んでも私は泣かないんじゃないか、悲しまないんじゃないか、と考えてきた。

物語現実の中で見かける「母が死んで悲しむ」ということが頭では理解できても感情的理解できない。

ハンターハンター最初のほうで「恋人母親どっちを助ける?」みたいなクイズがあったけど、選択余地なんてない、どう考えても恋人一択

更に言うと、介護しなくて済むようにぽっくり逝ってくれたらありがたい、くらいに素で思っている。

かといって、私は母が嫌いなわけではない。むしろ好きだし尊敬している。

仕事ができて、若々しくて、快活で、勉強も怠らない、等々…

母の好きなところ、尊敬しているところを挙げればキリがない。

逆なことを書くようだけれど決して私に冷たかったわけでもなく、放任主義でどちらかと言えば甘かった。

私が選ぶことは基本的肯定してくれるし、途中必要があれば金銭面でも助けてくれた。

今でも年に一回くらい「今度そっち行くからご飯どう?」と連絡が来て二人で食事に行くくらいの仲でもある。

ただし、「母」として私は母を感じきれていない、とでも言えばいいのか。そんな感覚

こういうことを30を過ぎてからよく考えるようになったのは、私という人間の諸々が色々な経験を通して少しずつ見えてきたときに、

母という存在を抜きに考えることができなかったからだろうと思う。

まあ、アダルトチルドレンとかパーソナリティ障害とか私なりに調べてみて論理的に思うところは色々あるけど、ここでは省く。

そんな私が宇多田アルバムを聴いたとき、やはり最初彼女の歌う言葉には共感できず、サウンド面だけをとって「いいアルバムだなぁ」と思って聴いていた。

それが何度か聴いているうちに少しずつ変わってきた。

アルバムの中の母に対する愛を表現した歌詞のところで私は何とも言えない感情を持っていることに気づいた。

その感情を考えたとき、私がどうしても感じられなかった「母」という存在を少し感じられたように思えた。

それは多分、彼女の歌う「母」への愛が私にとって、純度の高い、人それぞれの「母」に対する想いの皮を捲っていった先にある「母」という存在理解させるものだったから。

私が、母が、お互いをどう感じ考えていようが、変わらないことがあって、それを30年以上生きてきてやっと素直に受け入れられた。

そう気づいて母の姿を思い浮かべると、私が踏み込み切れない何かがあることに気づく。

多分その先が「母」なのだろう。

その「母」は母自身の快活な笑顔が壁になっていて、どうしても私には踏み込むことができそうにない。

ただ、その笑顔が消えたとき、その壁も一緒に消えて、私は「母」に会えるように思えた。

そして、そのとき私は「母」を亡くしたことを悲しんでいいのだと思った。

でも、そのとき私は私側にある壁を自ら壊せるだろうか。

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