まず、私は普通のサラリーマンであって、恵まれない人々を支援する団体の職員等ではないことを断っておきたい。
もう一月以上前の話になるが、オオカミに育てられた元少年と食事をしたことがあった。
食事をしたと書いてはいるが、彼とは一言も話していない。談笑できるような雰囲気ではなかった。
人並みに忙しい日もあって、昼休みは静かに午後のタスクを整理することが日課となっている。
その日もいつもと同じように、都会のビル群を眺めながら長机の端に脚を組んで昼休みを過ごしていた。
そこに現れたのが、彼である。
彼に会うのはこの時が初めてであった。
彼の第一印象は至極普通であった。普通ゆえに特に印象に残っていることはない。
強いて感想を挙げるのであれば、"少し猫背"だなと思ったくらいである。
なぜ気がつかなかったかというと、まぁスーツを着ていたからだろう。
年齢は30代前半くらいに見える。ネクタイは着けていなかったが、メガネは掛けていた。
箸を使って食事を器用に口に運ぶ動作に、不自然なところは見当たらない。
当然であるが(?)四つ脚で走ったりなんて漫画チックなことはしない。
私は驚き、彼を一瞥した。
彼は私のことなど気にも留めていないようで捕食を続けた。
この時はまだ彼が彼であることに気がつかなかった、私は再び窓の外に視線を戻した。
しかし、私の視線は再び彼に向いた。先ほどとは異なる音が聞こえてきたのだ。
"ズズゥー"
これは一体何の音だ。
私は音の正体を知るべく彼を観察した。
よく見ると彼は左手にレンゲを持っていた。"右手に箸を持っているにも関わらず"だ。
正確には、入れたのではなく、吸い上げたのである。吸い上げると同時にこの音がするようだ。
彼の挙動は、幼少期の特殊な環境下にいたときに身についたものなのであろう。
私は彼を観察することを止めなかった。彼をずっと見つづけた。
"少し猫背"だった彼のシルエットは、"かなり猫背"に変わっていた。
暫くして彼が負傷していることに気がついた。左腕の自由が効かないらしい。
彼はレンゲを持っていない時は、左手を机に置かず、体の横で"ブラブラ"させていた。
筋肉を痛め、腕を曲げておくことができないのであろう。
「これで脚を組んでいたら役満だな」と思いながら、私は彼の観察を止め外を見た。