両親が離婚したときから、何もかもどうでもよくて、私は自分の人生に主体的な関わりを持ちたくないと思っていた。
高校の進路だってあなたの言うとおりにしたし、私は真の意味で何もしなかった。
大学の進路も、何もしたくない以外の意思は存在しなかったから、あなたと先生が話しているのを聞いているだけだったし、頷くだけだった。
ずっとずっと辛かった。リビングに私の私物が何一つ存在しないことに違和感を覚えなかったのですか。
食事の時だけ、言い訳のように呼び出され一言も発さずに、会話にも加わらない子供に何も思うところはなかったのですか。
私はあなたとまともに話すことができない。あなたの声に萎縮してしまう。向かい合うと圧迫されている気がする。今でさえここにある言葉のどれもあなたに言うことができない。それは中学生のとき、あれほど辛いと言ったのに、何も解決されなかったからです。
中学生の時、塾を二度サボったことがありました。家に帰れば離婚間際の怒鳴りあいと家庭内暴力、学校ではいじめ、勉強もできなければ塾で吊し上げ、居場所がなかった。どこにも行きたくなかった。
あなたは何も気づかずサボらずに行きなさいと言うだけだった。私が学校が辛い、高校なんて行きたくないと言ったときも、高校は人生で一番楽しい時期だからと言いましたが、それは嘘だったじゃないですか。
やっぱり高校なんてつまらない、苦しいだけだというと、大学はもっと楽しいからと言いました。思い返すとあれは私の最後の意思表示でした。それ以来、家族とまともに会話をした記憶がありません。極力、会話を避け、意思表示を避けていました。
私は騙されながら生涯の半分を辛いだけの時間で過ごしました。しかし、もう気づいている。私は今後、絶対に幸せになることはないということを。
学生時代というあなたが言うところの人生で一番楽しい時期が、これほど辛く苦しかったのです。満身創痍の私にはもはや社会に立ち向かう力はないのです。
なにより、自分の人生を手放して、それがズタズタになるのを他人事のように眺めていた自分には、この見るも無残な人生の後始末をしろと言われても今更何ができるのですか。
実の父親でさえ早々に養育費も止めて、私を捨てた、もっとも、私が捨てられたのだと自覚したのはつい最近でした。ことここに至っても両親を信じていた自分が悲しくて仕方なかった。
祖父母やあなたはどうして、と子育ての失敗に首を傾げているでしょう。私がこの結末に至るのは十年前から分かっていたことなのです。高校生の頃には、はっきりとした確信をもって、己の死がどうあるべきかについて、目標が出来ていました。それがあなたたちには理解できない。
中学生の頃の、どこにも安心を得る場所のなかった私が、死にたいと願っていたのは間違いではありませんでした。惜しむらくは十年前の先見性に満ちた私が、七年前の計画的であった私が、臆病であったということ。あの時終わらせておけばよかったのに、十年間、ずっと願い続けていたのに、ついぞ最後の一歩を踏み出すことができず、惨めに生きながらえてきました。
しかし、この三年、私はずっと自分に言い聞かせてきました。死の恐怖を超克するために、死なねばならないと唱え続けた。
どうか、この臆病を消してください。
そうやって何もかも親のせいと決めつけて、世を妬みながらひっそり生きていけば? お前が毎日マスかくのに使ってるエロゲーと違って、自分から求めない人間に何かを勝手に与えてく...
失踪マジおすすめ 親族ゼロでやり直すのは楽しい
親の存在に執着しすぎだろ あんなもん鼻くそ以下の存在と思ってりゃいい
http://anond.hatelabo.jp/20141016172647 自分も救われる。周りも救われる。
大学まで行ったならもう自分で好きなことをすればいい。 いつまで家族に捕われてるの? もうあなたは他人から見れば大人だ。
http://anond.hatelabo.jp/20141016172647 たった独りで大変だったんだね 良く頑張ってきたんだなと思うよ きっと、そこに書かれている以上の痛みが あなたの中にはあるんだろうなと思うよ 大丈...
とにかく書いて、書いて、書いてみると良いよ 書くのに飽きたら、他の人の文章を読んでみると良いよ あなたの気持ちと近い事が書いてあるから 「死にたい」←ここをクリックして、...