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2014-08-09

中城ふみ子という歌人をご存じだろうか

31歳、乳がんで早世した女流歌人だ。

北海道帯広市野江呉服店の娘として生まれたふみ子は、左乳房の切除手術を受けたが、

がんは転移しており放射線治療を受けるも1954年になくなった。

死の直前『乳房喪失』の歌集ベストセラーになり、

死後は映画乳房永遠なれ』が有名になった。

中城ふみ子が育った野江呉服店は、開拓地都市のなかでではあるがかなり裕福で、

ふみ子を帯広高等女学校から東京家政学園に学ばせる余裕があった。

解りやすい言い方をすれば「プチブル」だった。

ふみ子の写真は多く残されているが、どこか気取っていて、

しなを作ったりポーズをとったりするものほとんどだ。若いころは特にそうだ。

彼女は「プチブルなのだ。「私はあなたたちとは違うのよ」とでも言いたげな、言い方が悪いが、

いかにも「成金」的な姿勢写真からにじみ出ているようで、私はひどく嫌だった。

彼女容姿はかなり整っている方で、それが彼女の「気取り」に拍車をかけているようにも感じた。

若いころの写真に写る彼女への印象はかなり悪い。

ほどなくして彼女結婚し母となる。結婚は恵まれたものではなかった。

苦労をして離婚帯広に帰ってきた。

その後故郷で奔放な恋愛をし様々な浮名を流したという。

写真で「気取り」を見せることは少なくなったが、

この辺りの帯広での行動はいかにも「プチブル」的発想で嫌だ。

そのうちに彼女の身体を乳がんが蝕む。

性の奔放さと、女性性の象徴である乳房喪失とを併せて、

罪と罰」と捉える論者も多いが今回の話では割とどうでもいい。

死が間近に迫った病床の彼女を写した写真がある。

なんとかという女性と一緒に写っている写真だ。

この一緒に写っている女性は顔も体もでかくて(お笑い芸人バービーに似ている)、

ふみ子と一緒に写ると自分ボリュームが強調されてしまうから少し下がって写りたい!と訴え出たそうだ。

今に残る写真では、この女性とふみ子の顔の大きさは同じくらいで、

実際に女性は何歩か下がって写真に写ったようだ。

病に侵され余命いくばくもないふみ子も、

この写真を取る際のやりとりには僅かにだが笑顔を見せたという。


不謹慎承知だが、私はこの写真が一番好きだ。

この、弱ってボロボロになってたたずんでいるふみ子が一番好きだ。

彼女可憐学生時代も性の奔放さも、実は「プチブル」に担保された性質のように思う。

病は「プチブル」的なものをごっそりそぎ落とし、何かが残り写真に写っている。

そもそも文学をやること自体が「プチブル」的だったのだが、

歌人としての才はギリギリそぎ落とされずふみ子の手元に残った。

ブルジョアジーというものを、革命でも何でもなく、がんというこの時代の不治の病が打破したのだ、と私は思う。

つの身体においての事例だが、近代の克服を自分の身体を削ることで成し遂げたのだ、と本当に勝手だけど思う。


冬の皺(しわ) 寄せゐる海よ 今少し 生きて己の 無残を見むか

 
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