2022-01-03

純粋可処分時間だけを考えると1週間は実は30時間もない

同じようなことを前にも考えたことがある。

そのときは「怖いな~~~。見なかったことにしよ」と放置した。

でも今年1年を何に使うのか考えていてそれを思い出してしまった。

せっかくなので一度計算してみたい。

まず平日が(24ー睡眠:8ー食事:1ートイレ風呂:1ー仕事:10ー通勤:3)=1時間。 平日の食事は土日の買いだめと仕出し弁当で済ませることとする。残業は平均2時間通勤時間は混雑しているのでスマホも読めないものとする。

次に休日が(24-睡眠:8ー食事:1.5ートイレ風呂:1ー家事:3)=10.5時間。 休日食事は多少の自炊と作り置きをすることとする。買い出し、掃除洗濯の類は土日にまとめて行う。

1年間のうち120日を休めるとして245*1+120*10.5=1505時間

1年間は可処分時間だけを考えると1505時間しかない!


あーやっぱ見なきゃよかったな。

いやまあ希望はある。

たとえばこの時間のうち2/3にあたる1000時間をある分野に注ぎ込めば10年後には1万時間の壁を超えて才能があるのなら花開く。

というか1000時間の時点でもうある程度才能が見え隠れしてくるようになる。

なにか夢があるなら1年間の可処分時間のうち2/3をその分野にだけ使えばいいってことだ。

ラクショーだな。

強がりはやめて現実を見るか。

まず毎日時間ネットを見て、休日には適当なサブスク映画を見ながらネットを4時間見たとしよう。

今までと同じように。

245*1+120*4=725時間

残り 780時間

なんてこった。

ネットを見ることを辞めなければ少なくとも「1年でなにかしらの分野について1000時間の壁を超える」というのは不可能なんだ。

まあ土台無理な話だったから諦めよう。

というかそもそも1年の可処分時間の半分がネットに使われている。

これは凄いことだ。

毎日時間休日に4時間ずつある分野に時間を使うとそれだけで可処分時間は半分が吹き飛ぶ。

ああすごい発見だ。

これだけでベストセラー作家になれそうなほどの大発見じゃないか

絶望的だぞ。

絶望はまだまだ続く、たとえば年に10本「このゲームはやっておきたい」というゲームが産まれてそれをプレイしたら、平均40時間としてもそれで400時間が消える。

残りはもう380時間だ。

380時間

驚いていい時間だ。

まあこの380時間ちゃんと「何らかの結果を出したい分野」に使えば3年で1000時間の壁はゆうゆう超えられる。

もちろんそう上手く行かない。

我々はちょっとずつちょっとずつ、時間を浪費していく。

たとえば図書館で週に1冊本を借りてそれに毎週3時間使ったとする。

これでもう3*50=150時間

残りは230時間しかない。

もう諦めて1年は結局230時間しかないことを受け入れよう。

230時間で何が出来る?

旅行をしてもいいし宴会に参加してもいい。

意外と使いみちはある。

何かを成し遂げることを完全に諦めるなら。

ちなみにここで恐ろしい事実がある。

もし毎日時間勉強したいと思っているなら既に時間が足りないということだ。

本を読むことをやめゲームをやめネットを削ってソレでやっと勉強時間が出来るということだ。

毎日時間勉強が何故続かないのか?」なんて大仰に言ってみせる人がいるが答えは明らかだ。

それだけ時間がないのである

睡眠仕事通勤食事生理現象社会的基盤維持と日常生活趣味とで人生は一杯なんだ。

なんで簡単に「毎日時間でいいんです」なんて言う人がいるのか理解できない。

彼らは単純に人生実質的に何時間あるのかを数えたこともないのだろう。

まり耳を貸す価値がないのだ。

  • 国家資格取りたいとかだと結構きついなぁ。 通勤3時間て長えよとかゲーム10本もしないだろとかいろいろ思うことはあるけど自分の場合を一回計算してみるってのは大事だなぁと思った...

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