2020-02-26

誰かのせいにして現実から目を背ける人たち

5歳の娘は、最近何かと人のせいにしたがる。

この間はお風呂の掛け算表が剥がれてしまったとき

「パパがシャワーかけたからはがれちゃったじゃん!」と怒り出した。

この間はお兄ちゃんに「待って!」と言ったのに置いていかれてしまったとき

「お兄ちゃんのせいで私が迷子になったらどうするの!」と怒り出した。

そんな様子で、何か良からぬことが起きると必ず誰かが悪さをしたせいでそうなったと考えることが増えてきた。

それが仲の良いお友達であったり、知らぬよその子だったり、家族だったりと様々だ。

ある意味では、因果関係想像できるくらいに頭が良くなってきたとも取れる。

しかし、このままではよから大人になってしまいかねない不安がよぎる。

5歳ではまだわからいかも知れないけど、話をしてみることにした。

「あのね。何か良くないことが起こったとき、誰かのせいにすることでむしろ解決しなくなることがあるよ。」

理由は単純だ。

掛け算の表が剥がれ落ちたのは、もともと丸まっていたもの乾燥することで縮んで剥離してしまたからだ。

ただそれだけのことなに、そこにパパを原因として求めてパパを責めてしまたことで、剥がれたものを貼り直すという議論から、剥がれたのがパパのせいかせいではないかという話に議論がすり替わってしまった。

当然パパのせいではないから、パパは謝らない。議論がすり替わってしまったし、突然原因として責められた側は、それを解決しようとする気持ちがなくなってしまう。

しかし、責めている方は、相手が原因だと信じて疑わないので、相手議論から逃げた=罪を認めたという解釈になってしまう。

これによってもたらされるのは永遠の断絶以外にない。

なので娘にはこうやって諭すことにした。

「悪いことを誰かのせいにして解決したつもりになるのは簡単。だけど、原因にされた誰かはもう二度とそのことを解決してくれようとはしなくなってしまうよ。誰かのせいにするのはやめて、どうしたら解決できるかを考えたほうが未来のためにはよいことだ思わない?」

娘はわかったようなわかっていないような顔でうなずく。これから時間をかけて話を続ける必要があるのだろう。

そこに勝ち負けが生じてしまうことで、「改善=負けを認める」という構図が生まれしまえば、解決はただ遠ざかるだけになってしまう。

それでも大人粛々と結果だけを生み続け、勝手に「勝った!」と騒ぐこどもたちを横目に、また次のミッションに挑み続けていくのだ。

コロナウィルスの一件を見ていると、争点は違えどこうした子供が多すぎると感じる。

あいつが悪いあいつが悪いあいつが悪いはいくらでも聞こえてくるが、今ひとつ具体的な解決案が出てこないのだ。

内部告発をしたあの医師だって理想を延々と並べるだけで、今、あの状況で行えるベスト提案については一言も出てきていなかった。

誰かのせいにし続けても、未来絶対に良くはならない。

与えられた情報をもとにまずは自分に何ができるのかを考えるところから始めることが、解決への一番の近道になるはずだ。

  • anond:20200226100226

    イヤイヤ期。

  • anond:20200226100226

    グレタトゥンベリブームもあの子に自分を重ね合わせた人が多かったってことなのかな。 わかりきったことを強い言葉で主張する、それしか出来なくても世界から称賛されることがある...

    • anond:20200226125811

      グレタを祭り上げるのって、この話で言うと 『物怖じせずに、パパが悪いって言った5歳児ちゃんエライ!ノーベル賞だ!』って感じになるね

  • 解決を拒否し過ぎは同意 anond:20200226100226

    非現実5歳児の波動を感じるけど全面的に同意 解決を求めな過ぎなのよね共感だけ 『センスメイキング理論』ガーとかいうのもあるけどアレも結論は センスメイキング理論に関係する...

  • anond:20200226100226

    諭す(=親の考えの押し付け)んじゃなくて考えさせた方がいいぞ

    • anond:20200226170435

      考えた結果が パパが悪い、お兄ちゃんが悪い だったからな

記事への反応(ブックマークコメント)

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん