2019-10-21

anond:20191012223813

主人公は確かに不遇な幼少期を過ごした。

虐待され、それが元か分からないが、精神系の疾患(笑いが止まらなくなる)を抱えている。

 

そんな人間が不幸にも、偶然、不況な世の中で虐げられた人たちの狙いの的となったり(看板取られる)、

ミスを犯した(児童所で銃と落とす、地下鉄内で証券マン女性に絡んでいるところに

居合わせて、持病で笑ってしまう)。

 

彼は彼なりの努力で、それが正しい、間違っていない、自信をもって、自分コメディ

作ろうとした。だがそれをネタにされた。

 

彼のコメディ果たして大衆受けするものだったろうか?

少なくとも俺には笑いのセンスも全くない人間しか見えなかった。

 

彼は言ってたろう。「どうせ誰も理解できない」と。

それはそうだ。彼の感覚が他の人とは著しく異なるのだから

 

 

かに不幸な出自であったし、不幸な出来事が重なった。

不幸な出来事が彼にばかり起きたことも悲劇だった。

それと同時に、彼自身感覚も"マイノリティ"であった(それが悪いとは決して言わない)。

 

色々な事が混ざり合わさったら、結果として自身防衛本能から

彼の心のバケツは溢れてしまった。ただ自然なことの成り行きで

ジョーカー誕生した。

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人それぞれ顔が違うように、心も違う。

別に何が嫌で社会から離れても別にいいじゃないか

詰まるところ、人が普通でいろ、と強制しているんじゃない。

ほかならぬ自分自身がしているのだということに気づくべきじゃないか

誰かと比べて自分普通じゃないとか、劣っているのだとか

生きている価値がないのだ、とか、全部自分勝手に思い込んでいることじゃないか

  

流行っているみたいだから見に行っただけで、痛みがセンセーショナルから

見に行ったわけではない。ただ、近い過去社会からのけ者にされそうになった

経験からしても、確かに周りの目(世間体)というものが(これ自身自分

作り出したものだが)、自分を追い込み、苦しめることになる可能性について

否定はできない。このことは忘れがちだし、この元増田実体験として

語られていることもなければ、自分の中に残りづらいことだったろう。

 

自身生計を立て、食事、寝る場所に困らないのならば、それは

社会システムに適合していることになるし、特に"普通"と言われるものになる必要

無いと思う。(庇護してくれる人がいるでもいい。それはその人のその状態

認めていることになるから

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