浜田黒人問題はとりあえずおいておくとして、最近、根本的に「笑ってはいけない」がおもしろくない。
実はここ数年ちゃんと観ていない。
全く見ていないというわけではないのだが、以前の情熱を持って観られていない。
以前はテレビにかじりつき、息を潜め、不意に腹を抱えて、時には転げ回って笑ったりしていたのたが、
最近は流し見て、たまに笑ってたまにすごく笑う。それだけの番組になってしまったのだ。
年を取ったせいかな、最近仕事が忙しくなったせいかな、などとぼんやり考えていたのだが、今年やっと原因が分かったため記しておきたい。
ここ最近の笑ってはいけないの数々のネタには「びっくりする」や「すごい」や「意外」、果ては「この人がこんなことをやってくれるなんて恐縮だな」や「こんなにがんばってます」なんてものまで
「さあ、笑ってどうぞ!」、「さあ、笑ってあげてください!」とばかりに出されている。
それにつられたダウンタウンまで笑わなきゃとばかりに笑う。
今年はそれが特に顕著だった気がする。
あれ?こんなんだったっけ?
違う。
まず、あの5人の、人が仕掛けてきた笑いなんかに絶対に笑ってやるものかという強い決意の上に、なおかつつらい罰ゲームがあるため心底笑いたくないと思っている雰囲気。
そしてその雰囲気に引き込まれ、一緒になって笑いを我慢する我々視聴者。
その虚をついて笑わせにくるネタ。
面白くても笑わない5人。笑わない視聴者。笑ってしまう視聴者。
つい笑ってしまう2人。つい笑ってしまう視聴者。今のはそんなに面白くないだろ?と誇らしげに首を傾げる視聴者。
しかし緊張の糸が切れて思わず笑ってしまう松ちゃん。連鎖的に笑い耐性が低くなっていく4人。不毛につぶし合う5人。それを見て笑い転げる我々視聴者。
あのヒリヒリする緊迫感から生まれる沈黙と笑いとそのバカバカしさが相乗効果を生み出し「笑ってはいけない」が「笑わずにはいられない」となるのがあの番組の本当のおもしろさだったのではないだろうか。
それが今や、
という、何のうねりもひずみも緊張感もないものがただ長時間続く番組となってしまっているのだ。
ここまで書いて気づいた。
ああ、これがマンネリか、と。
私自身はマンネリというものに対してそこまで否定的ではないし、まあ見れば見ちゃうし面白いよ?
ただ、これほどまでにマンネリと相容れないコンセプトの番組はないだろう。
このままでまだまだ続けていくことはできるだろうが、後で「魂はとっくにしんでたなぁ」ということにみんなで気づくことになりそうだ。
これ、実は本人たちもすでに薄々気づいてはいるのではないかと勝手に思っている。
そして思い上がりではあるが、仮にこの文章を松本さんが読んだとしたら、覚悟を持った最後の一回をやってスパッとやめるはずだと思っている。
浜ちゃんも「あんたがそう思うのであればそれは正しい。」と言ってやめる段取りを取り始めるはずだ。
少なくともごっつをやっていた頃のダウンタウンであればそうだったのかな。