2015-11-27

最近思うんだけど、年齢的に22歳ぐらいと26歳ぐらいって一番相性的に悪いと思う。22ってまだまだ学校出たばっかりで「自分には色々できる」と思ってるから突拍子もないビックマウスな部分があるし、体の衰えもある。26ぐらいに来ると体が錆びつく感覚評価されてる部分が明確になるからね…26って若者であると同時に若くないんだよなぁ…。自分の体のキレとか人からほめてもらえる部分が「ここまでだ」という自分社会の中で、積み上げたものもないまま人に見てもらえるラインがどの辺かがなんとなーく見えてくるから。あと、評価され方や逃げ方も覚えてずる賢さや段取り大事さに気づく多分、30の僕は26の僕が嫌いだし、26の僕みたいなことを言ってるであろう4年後に大学院卒業して出てくる新進気鋭の高学歴美人作家自称社会学者存在意義をかけて潰しに行く老害になってると思うけど、今僕はその感覚が22・23ぐらいの僕に働くのよね〜時々恥ずかしさで身悶えするなんか、22ぐらいの時は「17・18の僕が期待してたほどがんばってなくて、結果が出てなくてすいません」なんだけど、26の僕は20〜22ぐらいの自分に「言いたいことはわかるけど、お前には手におえないことまで望むなよ!なんでもっと大した人間でないことにもっと早く気付かなかったの?」とドラえもんで大人ののびたが子どものび太説教しにくる話があるんだけど、俺アレについては…「なるようにしかならないんだから自分発達障害でできることしかできないけど、できることについては才能があるから、勝てることしかするな!それは卑怯じゃないよ」としか言ってあげられない

いや、22の僕がしてたことや考えてたことは確かに「筋」はいから今につながってる。小5の僕も「筋」はいから、原点はそこにある。でも、回り道が多い。何もかもを予測想像力ではなく、不毛時間を浪費したトライ・アンド・エラーで処理しようとするからその道草で3年ぐらいはムダにしてる。生き急いでいるわけじゃなくて、自分人生の終着点をのり弁からデラックス幕の内まで考えて、最低でも海苔弁になれる最短ルート14歳の時には考えてて欲しかった…。14なのは一部のプロアスリートを除けばまだ間に合うのが高校受験までだから高校受験を経ると学歴必要仕事は急勾配になる…少年たち諸君、君達はもしかしたら天才かもしれないが、もしかしたら報われない不幸な人生を送るかもしれない!!だから、「少年よ大志を抱け」なんていう人の意見大事だが、自分に才能がなかったり報われなかった時のために小さな目標も考えよう自分人生が幕の内かのり弁か?幕の内の予定で突っ走り始めたものの、途中までできてた弁当をまるごとひっくり返して、明らかに遅れてるのに以前には思いつかなかったおかずをもう一品作って、まさかボリュームアップ弁当へ…と言った感じ。弁当をひっくり返してるけどそれ故おいしいものができてる

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