『数学ガール ガロア理論』の第10章(最終章)がそれまでの章に比べて難しくて挫折するという感想がけっこうあるようなので、その補足的な解説を試みます。『ガロア理論』第10章はガロアの第一論文を解説しているので、解説の解説ということになります。
と進んでいきますが、ミルカさんはその途中で何度も、ガロアの第一論文のテーマが「方程式が代数的に解ける必要十分条件」であることを確認します。
なぜ何度も確認するかといえば、最後の定理5(方程式が代数的に解ける必要十分条件)以外は、一見したところでは「方程式の可解性」に関わることが見て取れないので、途中で確認を入れないと簡単に道に迷ってしまうからでしょう。定理2(≪方程式のガロア群≫の縮小)や定理3(補助方程式のすべての根の添加)は、目的の方程式を解くときに利用する補助方程式に関わる話ですが、やはり定理を見ただけでは「方程式の可解性」との繋がりはよく見えません。
そこで逆に、いったん「方程式の可解性」の話から離れて定理5を除外して、それ以外だけに注目します。
「方程式の可解性」から離れて見たとき、定理1から定理4までで何をやっているかというと、
ということ(ガロア対応と呼ばれます)を示しています。ミルカさんの言葉を使えば(p.362)、体と群の二つの世界に橋を架けています。
この体と群の対応関係を図で見ると、10.6節「二つの塔」の図(p.413、p.415、p.418)、あるいは
http://hooktail.sub.jp/algebra/SymmetricEquation/Joh-GaloisEx31.gif
http://f.hatena.ne.jp/lemniscus/20130318155010
のようになります(この体と群の対応関係は常に成り立つわけではなく、第8章「塔を立てる」で説明された「正規拡大」のときに成り立ちます)。
体と群に対応関係があること(定理1~定理4)を踏まえて、定理5を見ます。
「方程式を代数的に解く」というのは「体の拡大」に関係する話です。
「方程式の係数体から最小分解体まで、冪根の添加でたどりつくことが、方程式を代数的に解くことなのだ」
(第7章「ラグランジュ・リゾルベントの秘密」p.254)(ただし、必要なだけの1のn乗根を係数体が含んでいるという条件のもとで)
そこから、「体と群の対応」を利用して、方程式の解の置き換えに関する「群」の話に持っていくのが、定理5になるわけです(なお「方程式を解くこと」と「解の置き換え」が関係していることは、すでに第7章に現れていました)。
「≪群を調べる≫って≪体を調べる≫よりも(...)」
ここまでの話で、定理4までで行いたいことが「≪体の世界≫と≪群の世界≫の対応関係」だということが分かりました。
しかしこの対応を示すためには、まず、この対応関係における≪群の世界≫というのがいったい何なのかをきちんと定義しないといけません。
≪体の世界≫というのは「体の拡大」で、これは8章「塔を立てる」で説明されています。
一方、その「体の拡大」に対応する「群」は「方程式の解の置き換え方の可能な全パターン」なのですが、これが正確にどんなものなのかは10章以前には定義されていません。
(以下、4次方程式の例をいくつかあげますが、面倒なら流し読みでさらっと進んでください)
たとえば一般3次方程式では、解α、β、γの置き換え方は全部で6通り(3×2×1)あります(第7章p.252)。同様に考えると、一般4次方程式では、解α、β、γ、δの置き換え方は全部で24通り(4×3×2×1)あることが分かります。
ところが、x4+x3+x2+x+1=0という4次方程式を考えてみます。これは5次の円分方程式です(第4章「あなたとくびきをともにして」)。
x5-1 = (x-1)(x4+x3+x2+x+1)なので、この方程式の解α、β、γ、δは1の5乗根のうちの1以外のものだと分かります。したがって、解の順番を適当に選ぶとβ=α2、γ=α3、δ=α4という関係が成り立ちます。
これについての解の置き換え方を考えると、αを、α、β、γ、δのうちのどれに置き換えるかを決めると、それに連動して、β、γ、δがどの解に置き換わるかも自動的に決まってしまいます。たとえばαをβ(=α2)に置き換えると、(β、γ、δ)=(α2、α3、α4)は、
(β、γ、δ) = (α2、α3、α4)
↓ αをβに置き換える
(β2、β3、β4) = ((α2)2、(α2)3、(α2)4) = (α4、α6、α8) = (α4、α1、α3) = (δ、α、γ)
となるので、
(α、β、γ、δ) → (β、δ、α、γ)
のように置き換わります。αの置き換え方は4通り(α、β、γ、δの4つ)なので、この4次方程式x4+x3+x2+x+1=0の解の置き換え方は次の4通りとなります。
(α、β、γ、δ) → (α、β、γ、δ) = (α、α2、α3、α4)
(α、β、γ、δ) → (β、δ、α、γ) = (α2、α4、α6、α8)
(α、β、γ、δ) → (γ、α、δ、β) = (α3、α6、α9、α12)
(α、β、γ、δ) → (δ、γ、β、α) = (α4、α8、α12、α16)
あるいはx4-5x2+6=(x2-2)(x2-3)=0 という方程式を考えます。解は√2、-√2、√3、-√3の4つですが、この場合「√2と-√2の置き換え」や「√3と-√3の置き換え」は許されますが、「√2と√3の置き換え」は許されません。
なぜかというと、(√2)2 -2 = 0、という式を考えると分かります。この式で√2を√3に置き換えると、左辺は(√3)2 -2 = 1となり、一方、右辺は0のままです。このような等式を破壊してしまうような解の置き換え方は認められません。そのため、可能な解の置き換え方は4通りになります。ただし、4通りの置き換え方のパターン(解の置き換えの「群」)は、5次円分方程式のときの4通りの置き換えパターンとは異なっています。(α、β、γ、δ) = (√2、-√2、√3、-√3)と置くと、可能な置き換え方は
(α、β、γ、δ) → (α、β、γ、δ) = ( √2、-√2、 √3、-√3)
(α、β、γ、δ) → (β、α、γ、δ) = (-√2、 √2、 √3、-√3)
(α、β、γ、δ) → (α、β、δ、γ) = ( √2、-√2、-√3、 √3)
(α、β、γ、δ) → (β、α、δ、γ) = (-√2、 √2、-√3、 √3)
となります。
では、「認められる置き換え方」であるためにはどのような条件を満たす必要があるのかというと、それは
というものです。つまり解θの最小多項式をf(x)とすると、解の置き換えをしたときに、θはf(x)の根θ1、...、θnのどれか(この中にはθ自身も入っています)に移らなければなりません。この条件を満たしていれば、等式に対して解の置き換えをおこなっても、等式が破壊されることはありません。
解の置き換えであるための必要条件が出ましたが、この条件だけではx4+x3+x2+x+1=0のときのような、解の置き換えで複数の解の動きが連動しているような場合をどう考えればいいのかは、まだ分かりません。x4+x3+x2+x+1=0のときは一つの解の動きを決めれば他の解の動きが決まりましたが、方程式によっては解の間の関係はもっとずっと複雑にもなりえます。
しかしそれは、たくさんの解を一度に考えるから解の間の関係が複雑になって混乱するのです。
もしもx4+x3+x2+x+1=0のときの解αのように、ただ一つの解の動きだけを考えて全ての置き換えが決まってしまうならば、話はずっと簡単になります。
そして、その「一つの解の動きだけを考える」ようにしているのが、
です。
体に注意を向けたほうがいい。添加体を考えれば、補題3の主張は一行で書ける」
K(α1、α2、α3、...、αm) = K(V)
これによって、「解α1、α2、α3、...、αmの置き換え」ではなく、ただひとつの「Vの置き換え」だけを考えればいいことになります。
これと、解の置き換えの必要条件「解の置き換えをおこなったとき、解は、共役元のどれかに移らなければならない」を合わせると、「解の置き換え方の可能な全パターン」とは、「Vから、Vの共役への置き換えのうちで、可能なものすべて」となります。
そして補題4(Vの共役)は、「Vの(共役への)置き換え」をすると、もとの多項式f(x)の根α1、α2、α3、...、αmの間の置き換えが発生するという性質を述べています。つまり「Vの置き換え」によって「方程式f(x)=0の解の、可能な置き換えが実現される」わけです。
この考えにもとづいて「解の置き換えの群」を定義しているのが、定理1(≪方程式のガロア群≫の定義)の説明の途中の、10.4.4節「ガロア群の作り方」です。
(ガロアは正規拡大の場合にだけ「解の置き換えの群」を定義したので、正規拡大のときの「解の置き換えの群」を「ガロア群」と呼びます)
前節で、証明のかなめとなるVと「解の置き換えの群」が定義されました。Vの最小多項式fV(x)の次数をnとすると、次が成り立ちます(最小多項式は既約で、既約多項式は重根を持たないので、Vの共役の個数は最小多項式の次数nと一致することに注意する)。
※1 考えている体K(V)に含まれない数へのVの置き換えは「解の置き換え」には認められないので、「解の置き換え方の個数」と「共役の個数」は一致するとは限りません。
※2 「最小多項式」は8.2.8節「Q(√2+√3)/Q」と8.2.9節「最小多項式」で説明されていますが、最小多項式が既約であることと一意に決まること(8.2.9節p.282)は、定義(可約と既約)と補題1(既約多項式の性質)から証明されます。
そして、
したがって正規拡大のときには、
という等式が成り立ちます。この関係が「体と群の対応」の第一歩目になります。
ことを主張しています。
そして定理2(≪方程式のガロア群≫の縮小)と定理4(縮小したガロア群の性質)で、
ことを主張しています。
ことを主張しています。
このように定理1、定理2、定理3、定理4によって、体と群の対応が示されます。
方程式が代数的に(つまり冪乗根によって)解けるかという問題は
と言い換えられます。そして、
ので、「適切な冪乗根が存在するか」という問題は「適切な正規拡大が存在するか」という問題になり、体と群の対応により
という問題になります。この「適切な正規部分群があるかどうか」をもっと詳しく正確に述べたのが定理5です。
それでは改めて第10章を読んでいきましょう。
(追記: 数式の間違いの指摘ありがとうございます。訂正しました)
http://anond.hatelabo.jp/20140415220044 の記事の中で、「解の置き換え方」の中での4次方程式の例にて、 これってx4+x3+x2+x+1=0ですよね。 でなければ、因数分解できてしまいますし…