鼻を啜りながら歩いていたら、それは俺である。
昨年の年初から約二年ぶりに帰ってきた。
月末の給料とともに落として、
言わば、やむなく。
リビングに一人いたおかんは不満を言うこともなく、ご飯はいる?と
真っ先に聞いてきた。
おかんの直近の話……ダイエットに成功したサプリを俺に勧めることから始まり、
最近こっちに来た祖母が会いたがってたよ、いつまでもあんたを愛してるんだねという話になり、
太ったの?健康診断引っかかるよ、アルバム見る?と俺の過去話になり、
帰り際に財布落としたなら困ってるんじゃない、ちょうど祖母が"置いていった"
お小遣いがあるよ、と手際よく韓国のりと湿布が入った紙袋ともに封筒を渡された。
中に十万入っていた。
仕事はまぁまぁ、小さいプロジェクトだけど楽しくやってると空元気で答えたが、あれは嘘だ。
大きいプロジェクトでぼっちに鬱病を加速させて、左遷という形で
同期の上司に耐えながら、何とかやっていたんだ。
こんなに太ったのは幸せ太りかも、いい感じの人がいるんだ……と
話を振って照れ隠しのように強引に打ち切ったの、あれは嘘だ。
土日の空白を、コンビニ弁当を買い込むことで毎週解消し続けてたんだ。
それなのに、おかんは気づかなかった。
いや気づいてたのかもしれない。
あんたは、柔和な性格なんだから、太って周りに圧迫してる壁さえ無くせば、
俺はただ、へいへいと遅めの夕刊に目を通しながら流しただけだった。
すまん、ほんとは全部聞いていたんだ……
人とプライベートの話をするのも久しぶりだったが、
孤独のグルメに慣れさえも感じなくなった今、ようやく俺は気づいた。
話していたとき物音のする書斎から扉を開けて顔を合わすことすらしなかったが、
おかんは違った。そのことに気づけただけで、実家を離れて暮らして
心底良かったと思えた。
今まで育ててくれてありがとう。不肖の息子でごめんなさい。